【2006年04月25日】
願いを込めて・・・
4月21日付けの記事でも紹介されている、銅のレリーフと絵馬です。
制作は、店主の知人で地元のグラフィックデザイナー竹内健太郎さんとイラストレーター市子さん夫婦によるもの。「龍馬さんとお竜さんが愛を育んだ伏見をなんとかPRできないか・・・」との店主の声をこのような素敵な作品にしていただきました。 当初絵馬は、「竜馬通り商店街」にある「龍馬館」横に設置される予定でしたが、諸事情があり、当店へ設置されることになりました。(詳しくは店主に聞いてね)
旅の記念や「龍馬さんとお竜さんのように仲良く・・・」と願いを込めに、伏見「かき仙」へ絵馬を掛けに来ませんか。名物店主も待ってるよ!


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【2006年04月21日】
京都新聞に掲載されました

□伏見で愛を深めた坂本龍馬と妻おりょうにちなみ、京都市伏見区の竜馬通り商店街を「愛の小道」としてPRしようと、商店街の仕出屋さんが二人をイメージした特製の絵馬を店に飾っている。「龍馬が人の縁を大切にしたように、この商店街で恋人同士、家族がきずなを深めてほしい」と話している。
□愛の小道を考えたのは土手文彦さん。白ごまとショウガをサバ寿司に組み合わせた「龍馬寿司」を十年前から販売している。
□伏見は龍馬が寺田屋に宿泊していた際、風呂場にいたおりょうが幕府の追っ手に気付き、裸身のまま階段を上がって龍馬を逃がした逸話が残るように、二人が逢瀬を重ねた場所。
~一部省略~
□絵馬は六百個用意され、壁や棚にかけられた。1枚六百円で記入でき「仲良く一緒」に「龍馬大好きです」などと、訪れた人が記している。
投稿者/店舗管理者: 19:55 | コメント (0) | トラックバック (0)
【2006年04月14日】
アンケートにお答え頂くと・・・
ただ今、「かき仙」では簡単なアンケートをお願いしております。内容は・・・
お客様が”地元の方か他府県から来られているのか”や”伏見のどんな所を観光されたのか、または遊びに来ているのか”・・・等の簡単な内容です。
また希望頂けるお客様は、デジカメで撮影させてもらい、ブログでお客様紹介をいたしますので、ご自宅でブログを見て、良い思い出にしてください。
(もちろん個人情報は載せません)
「ぜひ!ブログに載りたい!」という有り難ーいお客様は、店主や店員までお気兼ねなく声を掛けてくださいね。
そしてアンケートにお答え頂いた方には、もれなく「伏見観光ビデオ」をプレゼントいたします。 地元のお客様、観光のお客様・・・問いませんので、よろしくお願いします。
投稿者/店舗管理者: 17:25 | コメント (0) | トラックバック (0)
【2006年04月07日】
船宿 寺田屋の女将
最近、このようなブログを書くようになって、とても興味を持った人がいます。
それは寺田屋女将お登勢です。伏見にとてもゆかりのある方なのですが、失礼ながら数年前まで知りませんでした。
【お登勢プロフィール】
お登勢は天保元年(一八三〇)、近江大津の米問屋に生まれ、寺田屋六代目伊助に嫁ぎます。三十五歳の時、伊助が死亡すると女で一つで宿を切り盛り。そして、後に坂本龍馬の妻となったお龍を養女とし、二人を温かく見守ったのです。そういうお登勢を「学文ある女、尤、人物也」と、龍馬は高く評価していました。
お登勢はいろいろと世話をし、援助してきた志士たちの働きが実ったのを見て安心するように、明治十一年(一八七八)に没している。
そしてこんなエピソードもあります。龍馬暗殺後、お龍にあてた手紙では、夫の龍馬を失って悲嘆にくれるお龍を慰め、又、母親と弟妹の面倒を今まで通り見続けるから安心するようにとの義侠心あふれる内容が書かれていたそうです。
参考文献:幕末京都 新選組と龍馬たち 著者 川端洋之
坂本龍馬の京の足跡 高瀬川の変遷 京を語る会 田中泰彦編
とても頼りがいがあり、しっかりした頭の良い女性ですね。しかし心優しい面もあり、世話やきで、人情味あふれる「伏見のおかあ」といった感じだったのではないでしょうか。だから龍馬も大切なお龍を安心して預けられたんでしょうね。自信を持って言うところではありませんが、私には「こんなこと出来ない」と思いました。
とても男らしい(女性ですが)・・・ほんまカッコイイですわ。


投稿者/店舗管理者: 13:17 | コメント (0) | トラックバック (0)
【2006年04月06日】
伏見に眠る幕末の人々2
「松林院」は、「大黒寺」の斜め向かいにあり、寺田屋女将のお登勢さんや寺田屋一族のお墓があります。
初めてお参り&撮影に行った時、なかなかお墓が見つけられず、ウロウロしてしまいました。昼間からカメラを提げた女が一人、お墓を物色している様子はちょっとした不審者のようだったので、「早く見つかって~」と心で叫んでいました。しかし残念ながら、その日は見つけられず終了。今回は2度目の撮影です(恥)
”お登勢さんのお墓”で検索していたら、私と同じく”なかなかお墓が見つからない”という方がいらっしゃり、ちょっと親近感がわきました。その方のサイトは「脱!竜馬がゆく」です。素敵なサイトなので、見てみてください。


投稿者/店舗管理者: 13:19 | コメント (0) | トラックバック (0)
【2006年04月05日】
龍馬館
投稿者/店舗管理者: 17:41 | コメント (0) | トラックバック (0)
伏見に眠る幕末の人々1
投稿者/店舗管理者: 17:38 | コメント (0) | トラックバック (0)
【2006年04月03日】
女性に人気のお龍ちらし。
お風呂に入っていたお龍さんが、寺田屋を包囲する伏見奉行の捕方に気付き、龍馬に急を知らせたことにちなんで、かき仙では「風呂桶入りお龍ちらし」があります。
価格は「名物 龍馬寿司」と同じ1,050円(税込)です。光り物の魚が大好きな私には関係ありませんが、「鯖寿司はちょっと苦手」という女性客の方から喜ばれているそうです。
店主に「風呂桶入りお龍ちらし」の誕生について聞いてみました。アイディアは枚方在住のお知り合いの方だそうで、「龍馬寿司だけやったら、鯖嫌いやったらどないすんねん」ということになり、考え出されました。
お風呂に入っていて龍馬を助けたイメージを風呂桶にみたてて、着物の裾を開けた様子を表現しているそうです。小ぶりで食べやすいお寿司です。残念ながら生もののため、「風呂桶入りお龍ちらし」はクロネココレクト便では発送できません。
カップルで来られた方は、男性は「龍馬寿司」を女性は「お龍ちらし」を食べられたり、仲良く半分ずつ食べ比べをされているお客さんも多いそうです。


投稿者/店舗管理者: 16:51 | コメント (0) | トラックバック (0)
【2006年04月02日】
龍馬とお龍の絆を深めた「寺田屋」
「寺田屋」は、龍馬とお龍(寺田屋お登勢の養女となって後に坂本龍馬の妻となる)の命をかけたロマンスの場でもあります。
慶応二年(一八六六)一月二十四日未明に起こった「龍馬襲撃」では、お風呂に入っていたお龍が、屋外の物音にいち早く気づいて裸(浴衣?)のまま龍馬に急を知らせた話は有名ですね。
ある意味、若い女性が裸で上がってきたら、盃を傾けていた龍馬と三吉慎蔵はさぞビックリしたでしょうが、恐らくそんな想像している状況ではないはず・・・ですね。(失礼しました)
しかしこの事件でさらに龍馬とお龍の絆が深まったのではないでしょうか。
その後、薩摩藩邸での祝言後の二人は、傷の治療もかねて薩摩へと旅立ちます。そんな「本邦初の新婚旅行」とされている旅は、伏見で生まれたエピソードの一つです。
参考文献:坂本龍馬、京をゆく 文:木村幸比古
投稿者/店舗管理者: 14:59 | コメント (0) | トラックバック (0)
史蹟 寺田屋について
その昔、江戸時代、この地は淀川三十石船の発着地点で、京橋付近の船着場には船宿が並んでいました。南浜町では寺田屋伊助・越前屋久兵衛・かくいや長左衛門・近江屋小兵衛・山形屋市兵衛などがありました。寺田屋の前は道をへだてて船着場になっており、つねに2,3艘の三十石船が停泊していたそうです。
江戸時代末期に起こった大きな事件として、薩摩藩士の同士の討ちの悲劇が起こった「寺田屋事件」や坂本龍馬が伏見奉行の捕方に襲われた「龍馬襲撃」が有名です。龍馬愛用の部屋「梅の間」に残る刀痕と弾痕に、龍馬の生きた時代を感じてみてください。
今、穏やかに時間が流れる「寺田屋」を見ながら、めまぐるしく変化する歴史の中で生きてきた人々を思うと、とても感慨深いです。撮影に行った3月28日はとても天気がよく、花粉症の私にとっては少々目がムズムズしていましたが、絶好の行楽日和でした。寺田屋のお庭では、ご高齢のツアー客の方がたくさんおられ、賑やかな雰囲気の中、龍馬像や石碑をパチリ。梅がとても美しかったです。
参考文献:京・伏見歴史の旅(新版)著作者 山本眞嗣 水野克比古


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【2006年04月01日】
お祭りにさば寿司はいかがですか
投稿者/店舗管理者: 19:27 | コメント (0) | トラックバック (0)



-京都伏見 幕末維新竜馬通り-「


これから春を迎え、