文久二年(1862)四月二十三日の「寺田屋事件」で犠牲になった薩摩藩士九人のお墓があるのが「大黒寺」です。本堂の背後が墓地になります。
当初は、藩主の父島津久光の”上意討ち”のため、お墓らしいものがなかったそうですが、その後、同士のひとり西郷隆盛がみずから筆をとって墓碑名を書き、手あつく葬ったそうです。
墓地は、奥に保育園があるせいか、子供の歓声が辺りを包んでいました。
投稿者/ 店舗管理者 日時: 2006年04月05日 17:38|パーマリンク
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