店舗情報

■石臼挽き手打そば処
(ミュラー)
■代表
大橋 博也
■営業時間
11:30AM~2:00PM
5:30PM~9:00PM
■定休日
月曜日・火曜日・日曜夜
(祝日営業)
■営業内容
飲食業・そば
■所在地
伏見区車町271-4
■TEL&FAX
075-621-9099
■当店HPはこちらから
■メールでのお問い合せ
muller@almond.ocn.ne.jp

竜馬通り商店街

【2009年06月14日】

つれづれ日記 122

岡崎2.jpgさて、ようやく岡崎宿。ここは家康誕生の地。『厭離穢土欣求浄土(えんりえどごんぐじょうど)』=戦国乱世の世は、武士が私利私欲のために戦っているから国土が汚れている。それ故、正しい目的をもって住みやすい浄土にするのがお前の役目(鈴木和平著 東海道中記より)。家康は大樹寺の住職にこう訓されたという。大樹寺は松平・徳川家の菩提寺。岡崎市内、旧東海道は幾重にも曲がりくねりながら通っている。これは城下町特有の曲尺手(かねんて)と呼ばれる城を守る仕掛けである。勿論城下町伏見にも存在する。岡崎では『二十七」曲』と呼ばれている。こんなに親切な道標があるのに迷ってしまった。

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【2009年05月23日】

つれづれ日記 121

藤川 紫麦.jpg紫麦の藤川宿を後に、岡崎宿に向う。吉田(豊橋)宮(名古屋)間の旧東海道はほぼ名鉄の線路沿いを通っている。東海道本線の線路を敷く際、街道沿いの町々は鉄道が近くを通ることを嫌ったらしい、山口県の萩も同様。岡崎も中心部は名鉄東岡崎駅、JR岡崎駅は中心部の南外れにある。家康公生誕の地岡崎では岡崎城の隣、真西にある岡崎ニューグランドホテル泊。

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【2009年05月16日】

つれづれ日記 120

333.3.jpg休暇を利用しまたまた旧東海道歩き、藤川宿より。新幹線名古屋から名鉄への乗り換えは金山駅が便利。JRと名鉄のホームが近いからです。藤川宿周辺は麦畑が多く今の季節黄金色の穂を実らせていました。駅前の一角には一風変わった紫色の麦が栽培されています。紫麦は江戸時代には普通に栽培されていたそうですが、いつの間にか作られなくなってしまっていたとか。平成6年に町おこしの一環として復活させたそうです。このあたりの旧東海道はR1とほぼ平行だったり重なったりしていますが、やはり排気ガスムンムンの国道から旧道に入るとホッとします。国道の良い点は画像のような日本橋起点の距離表示がなされている事くらいです。

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【2009年04月29日】

つれづれ日記 119

DSC00597.JPGまたまた三河ネタ。この洞窟は鳩ヶ窟といいます。葵のご紋がありますね。三河一向一揆の際、家康公が逃げ込み潜んでいたのですが、人の気配を感じた追っ手が捜索しようとしたところ、白い二羽の鳩が飛びだし、おかげで危うく難を逃れたとの事。家康公、九死に一生を何度も得ています。本当に運の強い方だったんですね。鳩ヶ窟は赤坂宿と藤川宿の間、東海道を少し山手に入った山中八幡宮本社下にあります。

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【2009年04月23日】

つれづれ日記 118

DSC00593.JPG赤坂と藤川間にある法蔵寺、ここで朱印ゲット。52代目という住職は多忙な中、見事な筆運びでサラサラサラと書いて下さいました。このお寺は松平一族の墓と新撰組隊長近藤勇の首塚で有名。39代住職の頃、江戸で処刑され、京都で曝されていた近藤勇の首を同志がこの寺に運んで来たそうです。この住職は前任地京都でその頃壬生で活躍していた近藤と知り合ったらしく、その縁でここに葬られたとの事。あと、家康公の8歳の頃の書と手形(写し)を見せて下さり、松平一族の話を拝聴しました。流石に三河、家康公ネタは豊富。

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【2009年04月22日】

つれづれ日記 117

DSC00590.JPG長いメンテナンス休暇を利用してちょっとだけ行った旧東海道歩き。今回は赤坂宿から。ここはもう三河の国(二川宿より)、言葉も当然三河弁、名古屋弁とは明らかに異なります。画像は名電赤坂駅南の赤坂紅里にある旅籠の大橋屋、赤坂宿を代表する建物です。創業は慶安2年(1649)といいますからすごい!今でも宿泊可能、但し予約が必要です。分っていたのですが、一応チェックインの申し込みをしてみたのですが、やはり三河弁で丁重にお断りされました。そうそう、あの伏見の寺田屋さんも宿泊可能なんですよ(要予約)。

投稿者/店舗管理者: 21:59 | コメント (0) | トラックバック (0)

つれづれ日記 117

DSC00590.JPG長いメンテナンス休暇を利用してちょっとだけ行った旧東海道歩き。今回は赤坂宿から。ここはもう三河の国(二川宿より)、言葉も当然三河弁、名古屋弁とは明らかに異なります。画像は名電赤坂駅南の赤坂紅里にある旅籠の大橋屋、赤坂宿を代表する建物です。創業は慶安2年(1649)といいますからすごい!今でも宿泊可能、但し予約が必要です。分っていたのですが、一応チェックインの申し込みをしてみたのですが、やはり三河弁で丁重にお断りされました。そうそう、あの伏見の寺田屋さんも宿泊可能なんですよ(要予約)。

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【2009年04月02日】

つれづれ日記 116

DSC00588.JPG昨日より営業再開しました。気がつけば春、宇治川派流にも十石船が就航しました。今日は肌寒いですが桜も五分咲き、4月5日(日)の桜祭りには見頃となることでしょう。十石船は長健寺前の船着場から画像の三栖閘門を折り返します。所要時間約1時間、伏見の春を満喫できますよ。

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【2009年01月27日】

つれづれ日記 114

M醤油.JPG昨年の10月より「かえし」に使用する濃口醤油を思い切って替えてみた。昨年末から提供している。よくお越しになるお客様から「マイルドになった」などとご意見賜っているが、私自身はちょっとおとなしくなったかなという感じ。実は明日造る「かえし」が今後の当店の味となる。さて、その醤油の蔵元にお邪魔した。滋賀県は愛荘町、自宅からは65キロ古い町並みの一角にある。店内に入ると懐かしい大豆の匂い、天井にはカビなのか白い粉がこびり付いている。これが200年も前より住み着いている醸造菌なのか。無添加無農薬国産大豆古式製法杉樽3年熟成。乞うご期待!

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【2009年01月24日】

つれづれ日記 113

20090115辛味.jpg寒い時期は辛味大根のシーズンでもあります。当店は『おろしそば』に使用、京都市北区の鷹峰産です。上品な辛さが売り物、水分は少ないです。鷹峰地域は今では住宅が建ち並び、住居地区の中の畑で、かなり贅沢な環境での農作物栽培です。東寺の五重の塔、九条通りにあり高さが約55米。今出川通りが塔の高さになると昔聞かされましたが。鷹峰はずっと高いところにあり、やはり厳しい寒さ、これがいいんでしょうね。今回は鷹峰葱なるものをいただきました、九条葱とは大違い根もかなり太いです。○鍋とはベストマッチらしいです。スッポン、長い事食べてないからピンと来ません。

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【2009年01月10日】

つれづれ日記 112

2009011014450000.jpg本日が仕事始めです。今日は卵の初仕入れで天ヶ瀬の鶏舎に行って来ました。ここは鶏を平飼で飼育されています。商売を始める際、ここならいい卵が使えると獣医の先生から紹介を受け、以来ずっと通っています。高台にあり、今日は大阪梅田のビル群をはるか彼方に望む事が出来ました。ここへ行くには宇治の街中を通らなければならないので車の渋滞を恐れてスクーターで行ったため凍りそうになりました。そこまでする価値のある卵です。

投稿者/店舗管理者: 16:48 | コメント (2) | トラックバック (0)

つれづれ日記 112

2009011014450000.jpg本日が仕事始めです。今日は卵の初仕入れで天ヶ瀬の鶏舎に行って来ました。ここは鶏を平飼で飼育されています。商売を始める際、ここならいい卵が使えると獣医の先生から紹介を受け、以来ずっと通っています。高台にあり、今日は大阪梅田のビル群をはるか彼方に望む事が出来ました。ここへ行くには宇治の街中を通らなければならないので車の渋滞を恐れてスクーターで行ったため凍りそうになりました。そこまでする価値のある卵です。

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【2009年01月01日】

つれづれ日記 111

DSC00563.JPG日付が変わりました。明けましておめでとうございます。平成21年の幕開けです。今年を素晴しい年にするため、上を向いて進んで行こうと思っています。さて、大晦日は本当に沢山のお客様をお迎えすることが出来ました。ご来店頂いた皆様方、本当にありがとうございました。仕事が終わり若者達と寛ぎました。

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【2008年12月19日】

つれづれ日記 110

DSC00558.JPG手動石臼。宮城県は気仙沼の生まれ、はるばる当店までやって来ました。見た目はコンパクトですが30キロあります。これを使い香り高い粗挽き蕎麦を打ちます。来年早々デビュー予定で現在習熟中です、どうぞお楽しみに。

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【2008年12月12日】

つれづれ日記 109

ミュラーさん2.JPG今月6、7日に開催された『やましろ農産物直売市』の様子です。龍谷大学経済学部 伊達研究室の企画協力で行われ、両日とも大変な人出で賑わいました。当店の前では3名のゼミ生が椎茸そばを販売、結構早い時間で完売となりました。ソバの実や椎茸は現地まで電車で行かれ調達、七輪その他一切合切を早くから準備されていました。二日間ご一緒して若者のパワーをいただきました。また来年もよろしくです。

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【2008年12月11日】

つれづれ日記 108

DSC00556.JPG京セラ本社恒例のイルミネーションが始まりました。クリスマスツリーの高さは86メートル、発光ダイオードは18万7000個を使用しているのだとか。ビルが20階建てと高いため遠い所からも見えます。この時季、通勤の帰り道がちょっと楽しくなります。

投稿者/店舗管理者: 16:32 | コメント (0) | トラックバック (0)

つれづれ日記 108

DSC00556.JPG京セラ本社恒例のイルミネーションが始まりました。クリスマスツリーの高さは86メートル、発光ダイオードは18万7000個を使用しているのだとか。ビルが20階建てと高いため遠い所からも見えます。この時季、通勤の帰り道がちょっと楽しくなります。

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【2008年11月27日】

つれづれ日記 107

DSC00554.JPGすっかり冬めいて来ました。この季節になると伏見のあちこちの蔵で酒造りが始まります。蒸米作業中に出る蒸気、活気があります。今年はどんなお酒と巡り会えるんでしょう、楽しみです。

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【2008年11月12日】

つれづれ日記 106

douzima.jpgクッチマン・ロルフさん。大阪堂島『ローレライ』のオーナーシェフでドイツより来日され30年が経過するとのこと。よって日本語の微妙な表現もお分かりです。その日ラッキーなことに、本国より届きたてのビールを味わうことが出来ました。ビールの相棒には豚のすね肉を塩漬けにしたアイスバイン、ドイツ風フライドポテト、チーズ盛り合わせ等がおススメ。私の店がドイツ語の店名なのでお客様もドイツに因んだ方も多く、よくドイツのお話を拝聴するのですが今回は私が皆様に是非このお店を紹介しようと思います。私、白ワインもそこそこいただき、いい調子なのですが、クッチマンさんも届きたてのビールを随分試飲?されてました。

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【2008年10月28日】

つれづれ日記 105

DSC00533.JPGあまりに天気が良かったので出掛けてきました、場所は熱田神宮。100ccのスクーターで一般道、走り応えがあります。往路は西大津バイパス-琵琶湖大橋-さざなみ街道-R8-R21-県道で、約150キロ、復路はR1で。旧東海道歩きは浜松から一向に進んでいません。年内完走を目指し今回は先走りをしてみました。旧東海道は宮(名古屋)から七里の渡しで桑名まで船旅でした。画像は桑名の渡し場跡、公園として整備されています。お伊勢さんの一の鳥居もあります。このあと四日市では旧東海道を少し走ってみました。街道沿いにあった和菓子処『追分饅頭本舗』で酒饅頭を買いました。創業170年との事、よく守っておられます。帰宅し燃比を計算したところ、何と40.8km/l。恐るべし4サイクルエンジン!!

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【2008年10月13日】

つれづれ日記 103

DSC00515.JPG天武天皇縁の三栖神社の炬火祭りです。午後8時に中書島で点火され竹田街道を北進、京橋まで練り歩きます。火の勢いが強く、担ぎ手も大変です。もちろん炬火の後ろではポンプからの水で火の勢いを調整されています。京都の祭りとしては珍しく勇壮です。炬火は宇治川の葦(よし)を刈り取り乾燥させたものですが、昨今は葦が少なくなって調達に苦慮されているとか。御香宮、三栖神社に続き19日は城南宮の祭礼です、私は氏子なので輿丁として参加します。

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【2008年10月10日】

つれづれ日記 102

DSC00503.JPG秋本番!伏見では祭りが始まっています。御香宮神社の祭礼は4日のお出(おいで)祭りでスタート、12日のフィナーレ神輿巡幸までこの地域は祭り一色になります。秋の訪れを告げる金木犀の甘酸っぱい香も祭りムードを盛り上げますね。当店では新そばの入荷で、10月中は冷、温すべて十割蕎麦を提供致しております。祭り一色の伏見にお出掛け下さい。

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【2008年09月19日】

つれづれ日記 101

DSC00433.JPG前回の続き。広島県に入ってすぐ、国道沿いに温泉らしき施設を発見、一旦通り過ぎUターンし『高尾の湯』駐車場に滑り込む。とは言っても奥は忌諱すべき深い砂利引きだったので入り口に近い足場いいところへ。これも忌諱すべき立ちコケ防止のため。さて、この『高尾の湯』声を掛けたがなかなか応答が無かったが、やっと女将さんらしき方が出てきて下さり金四百円也の入浴料を支払い入館。浴室は地階で眼下に渓流、ロケは抜群。浴槽は大人二人位だったか。加温のためのボイラーの稼動音がした、私一人のために沸かしてもらっていたのか、そうでないのか。泉質や効能についての説明はなく、半身浴の薦めと20分?以内に上がりなさいとの注意書が貼ってある。15分で上がり一階の休憩室で暫く寛ぎ「ありがとう」と声を掛け外に出た。送り出しも無かったので何も聴けず、拍子抜け。すべて夢の中のような出来事だった。西条交通バス停『篠原の湯』が駐車場を出てすぐの国道沿いにあった。高尾の湯=篠原の湯??

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【2008年09月17日】

つれづれ日記 100

DSC00423.JPGまたまた旅の話。奥出雲、備後ツアーを思い立ちETC深夜割引ギリギリの午前3時57分に京都南IC料金所を通過しました。10月から5割引となるこのシステム、この時は3割引、でも有難いです。中国道を西へ西へ、落合JCから米子道に入ります。蒜山高原SAで初めての休憩、走りっぱなしでした。ここで夜明け。米子からはバイパス化されたR9で宍道ICまでひた走り。ここから広島県三次に向うR54を南下、加茂町の道の駅で朝食、時刻は8:50。この地域は平成の大合併で雲南市となったとの事、中国みたい。画像の駅はJR木次線出雲坂根駅、名水が駅構内に引き込まれています。JR上り線は急勾配のためここからスイッチバックであえぎあえぎ急勾配を登って行きます。行くらしい(残念ながら見届けてません)。名水は延命水と呼ばれています。伏見の水を飲み慣れているせいか、「普通やん」でした。でも、汲みに来ていらっしゃる方多数。

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【2008年08月23日】

つれづれ日記 99

DSC00409.JPG一昨日の稚内の最低気温は1.5℃だったとか。そういえば旅館にはエアコンはなく、オイルヒーターがいつでも使える状態で設置してあった。8月上旬であったので、いくら北海道でも・・・ちょっと違和感があったのだが、やはり思慮が浅かったようだ。真冬に一度訪れてみたいものだ。さて、稚内といえば日本最北端宗谷岬へはすぐ、そんなわけで最北端○○が多い。JR稚内駅もその一つ、『最北端の線路』なんてものもある。鹿児島の指宿のホテル客室から見た海沿いを行く一両編成の列車を思い出し懐かしかった。

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つれづれ日記 99

DSC00409.JPG一昨日の稚内の最低気温は1.5℃だったとか。そういえば旅館にはエアコンはなく、オイルヒーターがいつでも使える状態で設置してあった。8月上旬であったので、いくら北海道でも・・・ちょっと違和感があったのだが、やはり思慮が浅かったようだ。真冬に一度訪れてみたいものだ。さて、稚内といえば日本最北端宗谷岬へはすぐ、そんなわけで最北端○○が多い。JR稚内駅もその一つ、『最北端の線路』なんてものもある。鹿児島の指宿のホテル客室から見た海沿いを行く一両編成の列車を思い出し懐かしかった。

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【2008年08月20日】

つれづれ日記 98

DSC00413.JPG盆前に休みを頂戴しバイクで北海道に行ってきました。舞鶴から新日本海フェリーで小樽まで20時間、到着は20:45、涼気の北の大地に降り立ちます。小樽で一泊し、翌日は日本海をずっと左に見ながら約350キロ北方の稚内着きました。今回はこの稚内で2泊したので町をゆっくり見物出来ました。市内の道路案内はロシア語も、下関ではハングルの案内板があったのを思い出しました。樺太のコルサコフという都市までフェリーで僅か5時間半、ロシア人が多いのも納得、スパシーバ。

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【2008年07月17日】

つれづれ日記 97

DSC00341.JPG諏訪湖に源を発し、流れが急なことや、洪水も多かったことから『暴れ天竜』の異名を持つ天竜川を渡る。ここの橋も旧国道用と立派なバイパス用の二本の橋が架かっている。急な流れのため当時は歩いて渡るのではなく船で渡ったとのこと。橋の間から宿泊する浜松駅前のオークラアクトシティホテルが小さく見える、ここから10キロもあっただろうか、えらい長時間歩いた記憶がある。浜松は重要都市だけあって、戦時中かなりの爆撃を受けたため当時の建物など殆ど見ることはなかった。

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【2008年07月05日】

つれづれ日記 96

DSC00334.JPG東海道歩きに戻る。画像は磐田市にある旧見付学校。明治8年落成、現存する日本最古の三階建て木造擬洋風小学校。サッカーで名を成した磐田市の中心部より外れてはいるが、古くから遠江の中心地だったので文化の香りがプンプン。この建物はリアルな人形を使った当時の教室風景の再現や学習用具等が展示されており、東海道筋イチオシ処のひとつ。

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【2008年06月26日】

つれづれ日記 95

川西ポルシェ.jpg休日の朝、「車の用意できてるよォ」との友人からの☎。「そおかあ~行くわ」と私。車はオドメーター80キロの911カレラ S 登録を済ませたばかりのバリバリの新車。「あんまり踏まんといてや~」が貸し出しの条件。さておっさん一人何処へ行こう、そうだ!福知山行こう!ということでR9を西へ、大枝から京都縦貫道に乗る。アクセルはジワジワ踏むことと回転は4500までと決めたので先ずは流れに乗る。さて、料金所。ETC未装着なので手払い、無人収納機は気を遣う、車を擦ってはいけないという意識が強く働き、かなり機械と離れたところに停車してしまい手が届かず。しかも、中途半端な停め方でドアも開けられない、仕方なくシートベルトを外し身を乗り出して支払った。ああしんど。ところがまったく学習が出来てなく、次の料金所でも同じ事を仕出かす。緊張でドッと疲れが出た。須知から再びR9で福知山。極太タイヤは一般道では音楽が聴こえ難いほどよく音を拾う。目的の出石蕎麦店は定休日。食事は諦め舞鶴自動車道、中国道、名神で京都南ICへ。高速では云う事なし!後で調べたら3824cc 6気筒4v 355ps/6600rpm max.speed 293km /hとのこと。結局220キロの走行となり持ち主より沢山乗ったことになる。車を返し自分のセダンに乗り換えて分かった。やはりアレはスポーツカーだったと。

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【2008年06月08日】

つれづれ日記 94

DSC00339.JPG宿泊した浜松からJRで再び磐田へ。駅前から浜松に向かいスタート。毎回のことながら、歩き出しは幸福感に包まれます。必然的に歩幅は長く、どんどん行きます。結果、初っ端からルートを外れてタイムロス。あかん、このパターンは、次回から注意!(と、いつも思っているんですが・・・)それくらい歩きは楽しいんです。さて、歩き始めてすぐ街道に似合うレトロな酒屋の側面に斉藤酒造「英勲」の文字。嬉しくなりました。営業活動がんばっておられるんですね。夏に予定している北海道、東北旅行でも伏見の蔵の看板が見られればいいんですが。頑張れ!伏見の清酒!

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【2008年05月25日】

つれづれ日記 93

DSC00329.JPG実は、前日歩き始めてすぐに足が痛くなり、街道を外れたJR愛野駅から浜松に早々に引き上げていました。翌日は天気、体調とも良く、リベンジを果たすべく入れ込みぎみに街道に入りましたが、なんと袋井で道を間違え約2キロのロス。袋井は京、江戸からともに27番目、真ん中の宿でここのキャッチは『どまんなか』。小学校の玄関にも正式校名の横にちゃんと『どまんなか小学校』と大きく書いてあります。『東海道どまんなか茶屋』はボランティアの方々が運営、私のような旅人に休憩場所とお茶を与えて下さっています。「あれぇーあの人どこに行くんだろう?」と皆さんで話しておられたそうです、街道から外れ駅の方にトットコ行く私を見ながら。「なんで言うてくれはらへんかったんですか」と京都弁でテレ笑。街道情報と美味しいお茶をご馳走になり辞去。この日は見付宿(磐田)まで歩き再び浜松行きの車上の人となりました。

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【2008年05月09日】

つれづれ日記 91

DSC00316.JPGバイクの季節が到来しました。しかしながら我が愛車は殆ど使われてなく、バッテリーもかなり弱ってます。そんな訳でバッテリー充電ツーリングを敢行しました。ETCの夜間割引を利用するため午前3時半京都南ICに入ります。目的地は静岡県、富士山の絶景スポットを目指します。この時間帯の通行車両の主は長距離トラック、結構マナー良く走行していらっしゃるので安心しました。草津からは最近開通した第二名神を利用、トンネル内の照明も明るく非常に走りやすくアッという間に亀山です。四日市JCから伊勢湾岸自動車道、これも片側3車線の非常に走りやすい道、ここで夜明け。名古屋港のコンビナートや橋の照明は未来都市のようです。豊田JCからは東名に入りますが、ここまでの距離は従来の名神米原経由より30キロほど短縮されています。東名を快調に走行し、清水ICを過ぎ四つ目のトンネルを抜けると、アッという景色!富士山が綺麗に見えます。この分なら一日富士山は大丈夫だろうと絶景ポイントに行くのを後回しにしてました。これが失敗。沼津まで行き、以前歩いた旧東海道をゆっくり走り由比に着いた時は雲が出、霊峰は薄っすらとしか見えません。でも一応、絶景スポット薩埵(さった)峠には登りましたがやっぱりダメ、多くの人がカメラを構え富士の現れるのを待っていました。その後清水、静岡、丸子、岡部、藤枝、島田、金谷、日坂、掛川と旧東海道を巡り、掛川ICから帰途に着きました。往復700キロの充電ツーリングでしたが、まだまだ余力を残して帰宅出来ました。画像は牧ノ原の茶畑、金屋の町や大井川が一望出来ます。

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【2008年04月28日】

つれづれ日記 90

20080427甲子園3年ぶりに甲子園、友人がチケットを手配してくれました。伝統の一戦です。ライトのアルプス席、試合前からエライ熱気です。席に着くなり勝利を祈念し乾杯!!席が通路から離れているため売り子のおねえさんに手が届きません。でも、ちゃんと見知らぬ観客の方が中継してくれます、もちろん代金も。これです、ライト側の連帯は。7,8年前娘がここでビールの売り子のバイトをしていたので見物に行った時の事。私「ビールちょうだい」(千円札を出す) 売り子「ありがとうございます、お釣はいいですね。」私「はぁ?」親子の会話とは知らずに聞いていた周りの人が、ビールの販売会社に苦情

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【2008年04月17日】

つれづれ日記 89

DSC00303.JPGキザクラカッパカントリー中庭にある黄桜です。社名の元になった桜で、サトザクラの一種、普通の桜より10日位遅れて咲くとの事で、間もなく満開を迎えます。花弁は気品を感じさせる薄黄色、一見の価値ありです。来る4月20日(日)には竜馬通りでフリマ『手作り市』が開催されます。当日は好天が予想されています。皆様どうぞ竜馬通りにお越し下さい。実は友人が出店します。

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【2008年04月10日】

つれづれ日記 88

DSC00302.JPG自宅で部屋の整理をしていたら、見つけました、3年ほど前に静岡丸子宿の丁子屋で買った東海道五十三次、広重バージョン。江戸と京師を加えた55枚の葉書で、店に持ってきて毎日ながめています。先日受験した『東海道検定』にも一問、この宿場はどこですか?と出題されていました。もちろん分らず多分不正解。もっと前に、買ったのを気づけばよかったのですが・・・。東海道歩きも掛川まで来ました、各宿場の画を自己宛にその宿場から送付しようと思いますが、なぜ日本橋を出発時に思いつかなかったのか・・・残念です。気を取り直していよいよ来月から東海道歩き再開、楽しみです。

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【2008年04月03日】

つれづれ日記 87

DSC00297.JPG昨日の宇治川派流です。十石舟が4月1日より運行スタートし、いよいよ伏見に春がやって来ました。水辺の桜は満開近し、柳も萌えて春麗です。そんな中、6日の日曜には京橋~であい橋の間で『桜まつり』が開催されます。お越しになってブルーグラスのライブや様々な屋台でお楽しみ下さい。この日は十石船の夜桜ライトアップ運航もあります。

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【2008年02月09日】

つれづれ日記 86

DSC00284.JPG静岡といえば茶とみかん。のどかな茶畑が広がる牧之原台地は起伏は多いが、東海地方の温暖な気候で真冬でも寒くはなかった。日坂宿から次の掛川までは約7キロだが夕暮れ間近だったので無理をせず、宿泊地掛川まではバスで入った。翌日も駅前から同じバスで再び日坂まで戻りバスで通った道を折り返す。他人から見れば「大いなる無駄」しかしこれも拘りの範囲。バスで15分、徒歩で2時間。今回はここで終了。新幹線の一駅間を二泊三日で歩いた事になる。普段の運動不足でこれくらいの距離でも非常に疲れを感じた。次回は万全の体調で望みたいが、例えば自宅から店まで徒歩通勤、これはちょっと・・・てなわけで次回もきっとトレーニング不足で臨む事になるのであろう。

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【2008年02月01日】

つれづれ日記 85

DSC00283.JPG大井川右岸から見た富士山。静岡県を歩いていて楽しみなのはこの富士山を身近に見られることだ。東海道も西へ西へ進んでいくと見付宿あたりが見納めとか、宿の名は東下りの際、初めて富士が見える場所だったからだそうだ。さて、金谷宿からは平成の道普請といわれている、町民一人一石運動により再現された石畳を登っていく。かなりの急勾配で息が上がるが超スローペースで何とか乗り切った。一旦坂を下った所が菊川の里。次は小夜の中山越えだ。道沿いには様々な史跡や案内の石碑があり一つ一つを見ながらゆっくり峠を越えた。峠を越え急な下り坂をハイペース(小生下り坂には強い)で走り下り25番目の宿日坂に着いた。それにしても急な下り坂で西から登るのは大変だったろう。友人が数年前西側から登って(しかも雨天)苦労した話を聞いていたが納得した。

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【2008年01月24日】

つれづれ日記 84

DSC00282.JPG岡部、藤枝、島田と来て、いよいよ大井川を渡る。河畔には川越人足や旅人が利用した宿の跡、川越遺跡があり往時を偲ぶ事が出来る。ギネスに認定された木造の蓬莱橋(有料)はちょっとコースから外れるのでパス、上流の大井川橋(旧R1)を渡った。全長が1キロ以上ある橋を徒歩で渡るのは初体験、もうエエわというくらい渡橋を堪能したら金谷の宿。以前、大井川鉄道のSLに乗った事があるので新金谷駅は再訪となる。JR金谷駅前の寿司店で難所、小夜の中山越えを前に上にぎりの昼食。ご主人は男神(おがみ)さんという珍しい苗字だ。男神さんに峠への道を詳しく教わり、いよいよ日坂への峠に向う。

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【2008年01月17日】

つれづれ日記 83

DSC00272.JPGガイド本に従い、出来るだけ東海道を江戸時代の道に沿って歩いているのだが、やはり迷うこともある。しかしながら長いこと歩いていると、えらいもので何となく進むべき道が見えて来る。松並木があればまず間違いは無い。とはいえ、市街地になると判断に苦しむ場合もある。画像は宇津ノ谷峠に向かう道、これは間違いようがない。家々には屋号の看板が表示してある。整備されて約400年、その昔参勤交代の大名行列や旅人が行きかっていた同じ道をこうして歩く時、何かしら懐かしい雰囲気に包まれる。

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【2008年01月13日】

つれづれ日記 82

DSC00270.JPG京都発8:35ひかり404号は10:05静岡に着く。工事中の駅前からタクシーで丸子(まりこ)の丁子屋へ。ここから二泊三日の旧東海道歩きの続きがスタートする。丁子屋の開店は11時、でも今回はとろろ飯を食す予定はない。早速、宇津ノ谷峠に向かい快調に歩き出す。しかし初っ端から道を間違え20分のロス。久し振りなのでちょっと入れ込み過ぎたようだ。この日は岡部、藤枝から島田まで約23キロの一人旅。岡部の初亀酒造では純米大吟醸を所望したのだが2年待ちとの事!!仕方なく純吟を2本購入した。1升瓶2本、勿論宅配。

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【2008年01月01日】

つれづれ日記 81

DSC00130.JPG新年おめでとうございます。本年が皆様方にとって素晴しい年になりますようお祈り致します。勿論私にも・・・  さて、当店は12日(土)より営業致します。正月休みを利用して中途半端になっている旧東海道歩きに行ってまいります。現在、東京日本橋から静岡の丸子宿まで踏破しています。今回二泊三日で50キロは行きたいところですが、なかなか昨今の運動不足で厳しいかも知れません。

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【2007年12月28日】

つれづれ日記 80

DSC00265.JPG平成19年もいよいよ残り少なくなって来ました。商店街を歩く人達も気忙しそうです。お蔭様で当店はこの18日で3周年を迎えました。石の上にも3年とは言いますが、アッという間でした。今後とも安全で美味な食を提供していきたいと思います、勿論技術の向上にも努めます。来年もご愛顧賜りますよう、宜しくお願い致します。さて、当店で使用している静岡県有東木(うとうぎ)産の山葵です。有東木は駿河湾に注ぐ安倍川を30キロほど溯った山間部にあります。慶長年間より山葵栽培が始まったそうで、お茶の栽培も盛んだとか。来年は蕎麦、酒、味醂等、現在当店で使用している食材の産地を訪ねてみたいと思っています。

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【2007年12月18日】

つれづれ日記 79

DSC00263.JPG伏見の京セラ本社東側を東高瀬川堤から店の帰りに撮りました。毎年この季節になると点灯されます。西側も同じように点灯されているのですが、ちょっとだけ東側よりカラフルです。気忙しい年末ですが、健康や事故に注意し素晴しい新年を迎えたいものです。

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【2007年12月09日】

つれづれ日記 78

DSC00262.JPG昨日と今日、竜馬通りで開催された『やましろ農産物直売市』での一コマ。お蔭様で両日大賑わいでした。伊達ゼミの皆さんや南山城村の生産者の方々、関係者の皆さん、早くから準備いただきありがとうございました。私も久しぶりに学生時代に戻りました。いやあ~楽しかった。山城地方の珍しい食材も仕入れましたので、また紹介させていただきます。

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【2007年12月07日】

つれづれ日記 77

DSC00261.JPG8日、9日に竜馬通り商店街で『やましろ農産物直売市』が開催されます。当店の担当は南山城村特産の原木シイタケを使用した「椎茸そば」。一日限定50杯、200円で提供します。この企画は龍谷大学経済学部の伊達浩憲教授のゼミの学生約40名によるもので、山城地域活性化を狙ったものです。当店の場合、当日は店先で学生諸君が販売してくれます。両日は天気も良さそうです、どうぞ皆様竜馬通り商店街にお越し下さい。

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【2007年11月13日】

つれづれ日記 76

DSC00244.JPG11月11日(日)当商店街で『龍馬祭』が盛大に開催されました。様々な屋台が出店し又、各種催し物等ありお蔭様で終日大賑わいでした。画像は京都府立すばる高等学校ブラスバンド部によるパレード、最後尾には龍馬とおりょうの人力車が続きます。京阪伏見桃山駅から大手筋、納屋町商店街を経由する堂々のパレードでした。

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【2007年11月06日】

つれづれ日記 75

DSC00232.JPG寅さんシリーズ第32作『口笛を吹く寅次郎』を見て中国道を西へ西へ、岡山道は有漢I.Cで降り、秋の備中高梁を訪れた。画像は寅さんが竹下景子扮する朋子と初めて出会う薬師院の急な石段。上り切った境内からは落ち着いた高梁の町を見渡せる。静かな町だが若者が多い、昼食で寄った寿司屋のご主人によると数年前に開校した大学の学生なんだとか。駅前の観光案内所でもらった案内書を手に3時間程歩き回った。土産は高梁の純米酒 2本、4合瓶ならパニアケースにスッポリ収まる、まったく良く出来ている。秋の早い夕暮れの気配を感じ忙しく、しっとりとした町高梁を後にした。復路は岡山、西大寺を経由し山陽道を利用、発表されていた降水確率10%を嘲笑うかのような豪雨や寒気の土産をもらったが無事に我が家にたどり着けた。トリップメーターは503キロを表示していた。それにしても柴又駅での寅さん、じれったかった。朋子の悲しい目、私も悲しかった。

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【2007年10月25日】

つれづれ日記 74

DSC00191.JPGちょっと前の画像。滋賀県マキノ町(現在は高島市)のメタセコイヤ並木、直線区間2.4キロに約500本植わっているのだとか。ちょっとヨーロッパ的で、私の好きな道の一つだ。この道をずっと奥に入ったところに業平蕎麦の在原の里がある。山深い所だが里からさらに奥に進むとやがてR161に出る。滋賀県の最北部で、福井との県境へはすぐ。鹿との遭遇も何度か経験した。そんなロケーション。さて、業平そば。バイクの師匠K氏に教えていただき以後何度か訪れている。前にも書いたが野趣溢れる一品で、粉の産地は?比率は?加水率は?等、店でよく訊かれるが、ここではナンセンス。『どっからでもかかってこんかい!』がピッタリの蕎麦。皆さん一度訪れてみられては。

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【2007年10月23日】

つれづれ日記 73

07城南祭.JPG祭礼第二弾!城南宮の『城南祭』梅神輿です。今月21日に執り行われ、当日は臨時休業させて頂き参加しました。長柄と呼ばれる左右の長い棒の先に付けられた金属のカンがカッシャンカッシャンと輿丁の動きに合わせ鳴ります。この音がよく出ていたら「よく担いた!」と先輩方から褒められるのですが、人馬一体ならぬ人輿一体にならないと良い音を出す事は出来ません。それだけに、輿丁が各々に与えられた役割を完璧に遂行する事が不可欠となります。まさに全員が一丸となって神輿を担ぎます。このカッシャン、カッシャンの音はハマります。

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【2007年10月17日】

つれづれ日記 72

秋祭りの季節です。全国津々浦々で収穫感謝の祭りが執り行われていることでしょう。ここ伏見でも、日本の名水百選に指定された御香水で有名な御香宮神社の祭礼がありました。今回は大手筋商店街の利き酒の出来る酒屋さんで純吟をチビリチビリ飲りながら神輿の巡幸を待ちました。知人が輿丁として参加しているので親しみもあります。初めてじっくりと見たのですが威勢のいいこと!こちらでは商売繁盛間違いなしという感じになります。お隣の城南宮の祭礼も今月21日にあります。今年は私が町内の世話方に当たっているため祭りの行事が目白押し、18日は神輿の飾付け、21日は神輿の巡幸です。そんな訳で勝手ながらこれらの日は臨時休業とさせていただきます。祭り好きの長男もこの日は帰って来るようで、親子で神輿を担げそうです。

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【2007年10月09日】

つれづれ日記 71

DSC00194.JPG新そば打ち始めました!毎年この時期は蕎麦屋にとっても心ウキウキの時です。今年は6、7月が雨不足、8月が雨が多く生育の環境はあまり良くなかったようです。それでも丸抜きの状態で送られてきた新鮮なソバの実は、緑っぽい清楚な色合いの蕎麦切りに仕上がります。

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【2007年09月20日】

つれづれ日記 70

20070824 群馬 蕎麦.jpg遅ればせながら夏の旅行の一コマ。敦賀からフェリーで苫小牧に上陸、以後秋田、新潟、佐渡、草津、岡崎と慌しく移動。帰宅して4日目でダウン、病院で点滴の処置を受けた。こんな事は初めてなのだが、猛烈な暑さがボディーブローのように効いてきたようだ。画像は群馬県の国道から1キロ程山に入った蕎麦屋の野趣溢れる一品。粉の配分は「適当に」だそうだ。滋賀県マキノの業平蕎麦とよく似た食感、70歳位の奥さんが打っていらっしゃる。風がよく通る座敷の床の間には、衆議院議員の小渕優子さんを囲んだ蕎麦屋ご一家の写真が。給油したスタンドの方からの紹介で訪問したのだが、国道からの入り口に看板も無かった。ご主人に「看板は出されないんですか」と聞くと「お客が大勢来ると、ばあさんと二人では回らないから・・・」との事、時間がゆっくり過ぎていった。

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【2007年08月04日】

つれづれ日記 69

DSC00186.JPG今日は寺田屋浜と大手筋東詰の宇治川派流で『伏見万灯流し』が行われました。鳥羽伏見の戦いから今年で140年目だそうで、この戦いの戦没者の慰霊でもあります。大勢の方たちが献灯され、川面には色とりどりの灯ろうが、緩やかな流れに漂って、幻想的な雰囲気を醸し出していました。残念ながら写真を撮り忘れ、この画像は竜馬通り近くにある黄桜カッパカントリー周辺で、8月19日までライトアップされています。十石舟の夜間就航(8月5.11.12.18.19日)もあり、夜も魅力いっぱいの伏見です。

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【2007年07月25日】

つれづれ日記 68

DSC00183.JPG去る22日(日)竜馬通りで開催された『手作り市』のワンシーンです。当日は大勢の方で賑わいました。手作りなら、パッチワークでもビーズでも、クッキーや紅茶でも出店可能です。是非お問い合わせ下さい。次回の開催は9月16日(日)です。伏見ではこれから興味深い行事が目白押し。直近では今月27日の7商店街合同による『夏の夜市』、蓬莱橋下るにはミニコンサート会場と屋台村が設営されます。伏見の夏の夜をお楽しみ下さい。

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【2007年06月28日】

つれづれ日記 67

DSC00177.JPG仕入先の酒店にあった『昭和58年仕込み 蕎麦焼酎 仕込桶番号35号』を買った、ちょっと高価。ご主人によると24年物で希少なんだとか。度数は38でやや高い、甘味が出ているそうだ。飲むならロックがいいかもしれない。包装紙を取ると大分合同新聞、昭和58年12月27日朝刊の『ことしの国内10大ニュース』をコピーした紙片が。●田中元首相に懲役4年の実刑判決●年末総選挙で自民大敗、保革伯仲●日本海中部地震、死者104人●中曽根首相訪米、不沈空母発言で論議呼ぶ●初の比例代表参院選、自民圧勝.....など。懐かしく、興味深く読んだ。これは中々のアイデアだ。

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【2007年06月16日】

つれづれ日記 66

DSC00131.JPG当店がドイツ語の店名という事で、ドイツに関係の深いお仕事をされているお客様の来店もある。先日同国に出張される際、ソバの実が簡単に手に入るとお聞きしていたので仕入れをお願いした。お帰りになり、早速届けていただいた。丸抜き(褐色の殻を除いた状態)で、大きさは現在当店で使用している北海道産と変わりは無い。ワクワクしながら挽いてみた、すると打ち場いっぱいにバニラのような香りが広がりだした。異国の土や水、空気を感じ、ちょっと感激。篩はいつもの50目を使用、十割で打ってみた。加水は普段と変わらず、ちょっとしっかり目に仕上がった。相変わらず香りが強く皆様に喜んでいただいた。ドイツではもちろんそば切りではなくクレープとして食される事が多いらしい。次回はフランスに行かれるのだが、やはりそばの実が買えるとの事で又楽しみだ。

6月17日(日)明日です。 龍馬通りでフリマが開催されます。午前10時から、天気も良さそうです、是非お越し下さい。

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【2007年05月24日】

つれづれ日記 65

DSC00126.JPG純湯治温泉といっても良い湯岐(ゆじまた)温泉を出発、R118で水戸方面へ。普段はカーナビに目的地を設定しても手持ちの地図帳で再度確認するのだが、今回は100%カーナビ任せ、非常に楽だ。この日の目的地は東京、経由地は栃木市の40年前に伏見から来られた御主人のお店「ぐらばー亭」だ。お店はフランス修行時代に過ごしたパリ郊外片田舎のレストランをイメージして作られているんだとか。お昼のコース料理はこの日は5種類、肉に飢えていたので牛フィレステーキ・ガーリックソースを注文、パン、スープ、デザート盛り合わせ、コーヒーがセットで¥2,100.は品質からみて、かなりお得。メインもさることながら、デザートの盛り合わせは逸品。京都を出て40年経ってもそのままのご主人の京都弁を、旅行4日目にして初めて聞いた、心地よかった。ご夫婦の見送りを受けて出発、東北道で東京まで。非常に楽な行程だった。ホテルに息子を呼び寄せて久しぶりに親子3人でトーキョーナイトを過ごした。

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【2007年05月18日】

つれづれ日記 64

DSC00118.JPG湯治二日目は福島県南部、茨城との県境の少し北にある湯岐(ゆじまた)温泉。お世話になった東鳴子温泉をあとに、古川ICから東北道を南下、仙台まで50キロ足らずだったのだが寄らずに矢吹ICまで一気走り。インターから県道を利用、鮫川を経由し鹿角観光牧場に寄り道。牧草の生育期間で動物の放牧はなかったが、雄大な牧場はミニ富良野といったところ。牧場から宿舎の湯岐温泉までは20分ほど、湯治温泉だけあって人里離れた山深い場所にある。もちろん携帯(FOMAだが)はあっさり圏外表示、これはこれでよい。湯温が38~39度なので長時間入れる、風呂場でご一緒した東京からの方はもう4時間入っていると言っていた。私は、といえば30分。元来がカラスの行水なのだが。従業員の方も実に気さく、東北弁に包まれて旅情を満喫した。翌日チェックアウトするまで数回入浴した、まさに温泉三昧だった。

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【2007年05月13日】

つれづれ日記 63

DSC00115.JPG中指の第一関節の腱が切れた。仕事がし辛いのでGW明けから休みを取って、湯治と称し東北方面に行って来た。4泊5日の日程で宿泊地は新潟、宮城、福島、東京。新潟までは自宅から568キロ、名神、北陸の高速道路をひた走るが、やはり遠い。翌日はR7を山形県の鶴岡まで北上し、R47で内陸部に入り新庄を経由し宮城県の東鳴子温泉泊。源泉掛け流しで、温泉のあり方を常に追求している主人の旅館で快適な温泉ライフを送ることが出来た。遠いが、また是非訪れたい旅館だ。

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【2007年04月24日】

つれづれ日記 62

DSC00111.JPG保険の更新を機に、ガレージの隅で埃だらけで眠っていたCRM80を引っ張り出した。数十回キックを繰り返すがエンジン始動せず・・・ガソリンがまったく無い事が判明。近くのスタンドでエアーチェック、ガソリン満タンにし、押しがけすると一発で始動!以前から登ってみたかった信楽の小川城跡へ行くことにする。本能寺の変が起こり、家康は堺から三河へ逃げ帰る。その際この城(跡?)で一夜を過ごしたと云われている(案内板より)。例の「伊賀越え」である。入り口には案内板があり、2キロとのこと。この道は途中からダートに変わる、CRMは実力発揮し、急坂を騒音を撒き散らしながらもぐんぐん登ってゆく、頼もしい。頂上に着きエンジンを切ると見事な静寂に包まれた。暫く休憩していると、下から4サイクルサウンドが。そして、なんと真っ赤な純ロードバイクが現れた。あんな道をよくも・・・感心する。バイクはVTR1000、10年経過との事だが新車のようにピカピカだ。VTR氏は奈良にお住まいで、今日が休日なので出かけてこられたとの事。持っておられたカロリーメイトを頂戴し、口にほお張りながら暫しバイク談義に花が咲く。こんなところでライダーに会うとは、驚きだ。気温が下がってきて、ジャケットを着ていなかったので先に山を降りたが、ダートのあの急坂を無事に降りられたのか、ちょっと心配している。春の城跡、素晴しい出会いがあった。これだからツーリングは止められない。

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【2007年04月19日】

つれづれ日記 61

DSC00063.JPG先日休みを頂戴し、姪の結婚式に愛知県まで行ってきました。式の形態は人前(じんぜん)式、チャペルで執り行われました。花嫁をエスコートし、式場半ばまで進んできた来た父は、そこで役目を花婿に委ねます。このシーンはちょっとジーンと来ました。それと、披露宴のクライマックス、両親への花束贈呈時もそうです。画像は式場を出て、皆から祝福を受けているシーン、♪幸せいっぱい♪が伝わって来ます。

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【2007年04月05日】

つれづれ日記 60

DSC00059.JPG依頼していた篩(ふるい)が出来上がってきました。左側が20目、右が30目で、それぞれ1.5ミリ、1.0ミリの網の目の間隔を持っています。当店の十割田舎はこれまで40目を使用していたのですが、今回30目に変え製粉し打って見ますとこれまでとはガラッと変化し、野趣溢れる仕上がりとなりました。番手一つでこれだけ変わるんですね、驚きです。

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【2007年03月29日】

つれづれ日記 59

DSC00047.JPG今日の宇治川派流です。植えられている柳が芽吹いており、春の到来を感じます。周りの桜は二分咲きといったところ、今日のような気温が続けば満開は近いでしょう。4月1日からはいよいよ十石船http://www.kyoto-fushimi.com/guide/meisyo/jyukkoku.htmlがこの流れを航行します。三十石船は7日から、春の伏見にお越し下さい。

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【2007年03月22日】

つれづれ日記 58

10_6熱田神宮ゴール!!.jpg豊田の兄の家をゆっくりと出発、最終地名古屋へ向かう。豊田を走る車は9割方トヨタ車、他のディーラはここでは大変だろう。トヨタ関係者が多く居住しているから仕方のない事だが・・・豊田南バイパスからR1に出てアッという間に熱田神宮に到着、ここで日本一周を完結した。平成16年10月6日だった。出発は7月20日、特に感慨はなかったが暫し充実感に浸った。もう七五三詣りの家族がいる、秋も本番だ。長い間留守にしていた我が家が頭に浮かぶ、里心が芽生えた瞬間だった。言うまでもなく、名古屋からは乗りたくても乗れなかった高速道路を利用し、久々の京都の街に触れたくて一つ手前の京都東で高速を下りた。

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【2007年03月15日】

つれづれ日記 57

10_5渥美半島.jpgホテルを出て先ずはクシタニ本店へ。ちょうど社長さんがおられ、日本一周中の事等、色々話した。気さくな方で、記念にツナギと同じ柄の皮で作られたペンケースをいただいた。日本三大砂丘の一つ中田島砂丘に寄る、ここは海亀の産卵の地である。小学生が先生方に連れられて見学に来ていた、いつまでも海亀が来る環境であることを祈りつつ砂丘を後にした。浜松から渥美半島の突端、伊良湖岬へ。海岸に出ると大勢の人がカメラを構えて上空を見上げていたので尋ねると、北からサシバ(鷹の仲間)が飛来しているのだとか。暫し見上げていると、天空高く群れを成して飛んでいるのが見えたが小さすぎてもうひとつ・・・蒲郡、碧南、と来て有料の衣浦海底トンネルで半田へ。今度は知多半島の先端、師崎へ。ここからは伊勢湾フェリーが就航していて鳥羽や伊良湖に行ける。常滑を通り大府から一旦兄の住む豊田へ戻る。いよいよ日本一周完結前夜、兄の家族とちょっと早い祝杯を挙げた。

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【2007年03月08日】

つれづれ日記 56

10_4浜松.jpg沼津からは駿河湾沿いをR1で。R1はバイパス部分があり快適に走れるのだが、風情がない。東海道の宿場町であった原、吉原、蒲原、由比を通り抜けていく。富士山がずっと右手に見える、♪今日~も街道は日本~晴れぇ~、気持ちのいい区間だ(後に旧東海道歩きをするきっかけとなった)。清水から三保の松原へ寄り、砂浜を波打ち際まで歩いてみる、振り返ればまた富士山。富士山を堪能しR150で御前崎を目指す、温暖な気候なので石垣いちごの栽培が盛んだ。御前崎は下車せずグルッと周っただけ、海が駿河湾から遠州灘に変わる、風が強い。R150をひたすら西に天竜川を越えて宿泊地浜松に入った。ずっと遠くから見えていた駅前の45階建てオークラアクトシティホテルにチェックインした。テロの標的になりはしないか心配するほど際立って高い。42階のツインのシングルユースだった。この旅行で最高の部屋、料金も。

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【2007年03月01日】

つれづれ日記 55

10_3戸田2応募作.jpg藤沢から海沿い国道134に出ると湘南海岸。天気はいいし富士山は見えるし、サザンの曲を聴きながら気持ち良くノンビリ走った。大磯でR1に合流、小田原からはR135でいよいよ伊豆半島。有料道路は利用しないで一般道を行く、急坂が多い。公営バスの後ろについた、湘南の快適さとは正反対、排気ガスをもろに浴びせられた。"黄色の線は跨がない"の常識的な掟に遵ってバスに続くが忍、忍、忍だ。川奈、稲取と来て下田で昼食。何を食したかは思い出せない。下田からはR136となり伊豆半島の先端、石廊崎に。駐車場からは徒歩で灯台を越えて本当の突端の大きな岩へ。鉄の柵があるのだが足が竦む。大海原を堪能し石廊崎漁港に戻る、役の行者像に挨拶し伊豆半島西海岸を北上する。土肥からは海沿いの県道を選択、夕暮れの戸田(へだ)の高台で休憩。駿河湾の向うに富士山も小さく見えた。かなり遅い時間に沼津の宿舎にチェックインした。

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【2007年02月22日】

つれづれ日記 54

10_3鎌倉2.jpg都内からR15,横浜からはR16で横須賀を通り東京湾の玄関口観音崎へ。フェリーや貨物船が航行している、対岸の内房もハッキリ見える、いい天気だ。長い間ぼーっと海を眺めていた。贅沢な時間だった。R134で三浦半島をぐるっと一周し鎌倉へ。大仏様に直行、お背中に窓があったのには驚いた(画像)。相模湾沿いを西に、江ノ島が見えて来る、サーファーも大勢いる。なんと富士山も見えるではないか、都内からも見えることがあるので当たり前なのだがやはり嬉しい。江ノ島から北に少し入った藤沢のホテルに早めにチェックインした。

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【2007年02月15日】

つれづれ日記 53

10_1喜久鮨1.jpg勝浦駅前旅館の朝食は海の幸がいっぱい、もちろん納豆付。西日本では納豆付は少なかったような・・・今にも降り出しそうな空、雨具を装着して走り出す。これが正解、この日は一日中雨。房総半島をぐるっと一周する、富津あたりでは海を隔てて三浦半島の観音崎あたりが見える。R16に入る、広く走りやすい道路だ。工業地帯の中を真直ぐに伸びている、埋め立てて造られたのだろうかなんとも無機質な感じ。この日は東京泊、都内をウロウロするのもイヤだったので初代ゴリラをタンクバッグに置く。画面が暗く(最近のものは改良されているんだろうが)昼間はとても見難いのだが幸いにも?雨天だったのでバッチリ、銀座8丁目のホテル前へドンピシャ到着。地下駐車場に入り雨から逃れ一安心。が、バランスを崩しバイクを倒してしまいそうになる、寸前で持ちこたえた。心臓バクバク油断は禁物。前にも書いたが情けないことに独りで起せない。夕食は西新橋1丁目の「喜久鮨」(喜・正確には七が三つ)で。今でも上京すれば必ず伺っているが、築地からの新鮮なネタと生粋の江戸っ子のご主人の粋な店は私のイチオシだ。

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【2007年02月08日】

つれづれ日記 52

9_30水戸1.jpg宿舎から偕楽園まではすぐ、ゆっくり見物する。これで日本三庭園はすべて訪れたことになる。画像は好文亭といい水戸藩主徳川斉昭自らが設計したと案内書にある。公園は完成後160年余りとそんなに古くはなく、どこか庶民的だ。水戸からはR51を鹿島灘に沿って南下する。途中の海岸で休憩、まさに大海原、雄大な太平洋と暫し向き合った。鹿嶋市からはR124、銚子の犬吠埼に向かう。このあたりでは日本で二番目に長い利根川が茨城との県境、銚子大橋を渡り千葉県に入った。雄大な犬吠埼に立つ印象的な灯台を見ながら岬をぐるっと一周した。この時オドメーターに目をやると44444だった。2年後だったか、66666は小樽市郊外の銭函で記録。R126に戻り東金、茂原を経由し外房の勝浦でエンジンキーを抜いた。

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【2007年02月01日】

つれづれ日記 51

9_29仙台3.jpg午前中仙台観光の予定であったが二人とも前夜のフィーバで起床が遅くなってしまい結局、青葉城の伊達正宗像で写真を撮っただけ。でも♪ひろせぇがわ~♪も歌ってもらったり(地元の人達はイヤだったろうが)充実したナイトライフを過ごせたので満足、観光は次回に。12時に9月のマスターと再会を誓い合いまた独りで走り出す。R4を岩沼からR6へ、大河阿武隈川を渡る。福島県に入り相馬、いわきと南下。いわきは10年ほど前K100RSで訪れた。名神、東名、首都高、常磐道とオール高速利用だった。尻が痛かった事を除けば快適なロングツーリングだったのだがRに乗り換えてからも長い距離だと尻痛が発症する、どうもシートとの相性が良くないようだ。私の肉が落ちてきているのかもしれない。最近のBMWはどうなんだろう。日立から海沿いのR245で水戸へ入った。

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【2007年01月25日】

つれづれ日記 50

9_28会津磐梯山C.jpg日本一周も残すは仙台-名古屋。先ずは京都南ICから北陸道経由で新潟へ。例によって夕食後は前回も寄った古町のスナックバー「9月の風」にお邪魔する。翌日、アメリカンに乗るマスターが仙台まで一緒に走ってくれた。R49で磐越道沿いに会津を経由し郡山を目指す。収穫前の稲穂と磐梯山が美しい(画像)。猪苗代湖畔で休憩したが9月の湖周辺はシーズンが過ぎ人も疎ら、ちょっと寂しい。郡山からは東北道で仙台に向けぶっ飛ばす、マスターのスリップストリーム走行に先導されアッという間に到着。マスターの仙台の友人が予約してくれた宿で一息ついてから、いそいそと街に出る。3人で仙台名物牛タンに舌鼓をうち、その後はいつものようにお唄の稽古。お店へ行っても案内人がいるので心強い。ママさんが昔ポップ歌手だったそうなので敬意を表してマスターと私はTシャツにサインを貰った。昨年「9月の風」に伺った際、その話が出てたのだが二人とも昔歌手のママさんの名前を思い出せなかった。サイン入りTシャツは大切にタンスに仕舞ってあるのだが。

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【2007年01月18日】

つれづれ日記 49

9_23西舞鶴.jpg舞鶴は東と西があり城跡のある西舞鶴は文化の街、海自の港のある東舞鶴は商業の街と区分けできるらしい。文化の街で前夜は文化?を堪能した。小樽で別れたK氏がホテルまで出迎えに来て下さった。実はK氏は出発の際も見送りに来て下さっている、まったく律儀な人だ。R27を東に向かい途中五老岳に登ってみる、頂上展望台からは舞鶴湾が一望出来る、絶景!山を降りて東舞鶴を西に高浜、和田を通りスタートのとき最初に海に出た大飯へ。ここで日本一周西日本完結のセレモニーを二人で行った。7月20日に出発して9月23日だからもう二ヶ月を経過していた。その後、福井県道1号(京都府に入ると府道1号)を南下し綾部、須知、亀岡というコースで無事帰宅した。画像は五老岳でK氏と、5年前は二人ともまだスリムでした。

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【2007年01月11日】

つれづれ日記 48

9_22久美浜町.jpg天気は回復、鳥取砂丘に寄り海に向かって歩いてみるが直ぐに息が切れる、運動不足もあるが砂の抵抗はスゴイ。砂丘を出発してすぐR9から海沿い国道R178の分岐、浜坂方面へ。しばらく行くと兵庫県境、里心がついてくる。浜坂まで来ると夢千代日記の湯村温泉はすぐ、しかしこの日は今は西舞鶴に住む元同僚との再会を約束しているのでパス。餘部では例の山陰線鉄橋を激写、今年度から老朽化による架け替え工事が始まるらしい。松葉ガニの香住町役場前で海沿いの県道を北へ、柴山、佐津、竹野を通り城崎温泉で休憩。ここから東へ、三原峠が京都府との境だ。久美浜、網野と来て丹後半島突端の経ヶ岬では灯台を見学、駐車場から灯台までは山道、ここでも息を切らす。灯台は白、青い海とのコントラストが鮮やかだ、風が強い。天橋立の宮津を経由しちょっと早めに西舞鶴駅近くのホテルにチェックイン。夕食は元同僚E氏お奨めの居酒屋、昔話に花が咲き明日は自宅という安心感もあってリラックスした。西舞鶴の夜は更けていく。

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【2006年12月28日】

つれづれ日記 47

9_21出雲5.jpgほのぼの温泉温泉津を出発、旅館の女将さんから教えてもらった隣町仁摩町のサンドミュージーアムへ。近くに琴の浜という海岸があり、歩くと砂が鳴くそうだ。丹後の琴引き浜と同じだ。その砂を使った一年計の砂時計は見事だった。次は日御碕灯台へ。高さ43メートルは日本一、岬の突端は足がすくむ断崖、福井の東尋坊の縮小版だ。見物後今度は出雲大社参拝。日本一大きな注連縄もしっかり観た。境内は鳩が多く金20円也の餌を売っている、餌を手にしたら鳩が沢山やってきて何の躊躇もなく手にとまる(画像)エライここの鳩は場慣れしていた。出雲蕎麦の昼食後宍道湖北側を通るR431で美保関から境港へ。この辺から風を伴った雨、有料の境水道大橋を渡り米子に向かう弓ヶ浜では強い横風に悩まされた。この風と雨は鳥取に近づくと更に強くなりついに近くの道の駅に避難した。私と同時に鳥取方面から来たドカのライダーは強い風に顔を引き攣らせて「怖いですねー、怖かった」を連発していた。私もホント生きた心地がしなかった。道の駅で暫し待機していたが一向に状況好転せずまた風雨の中を走り出す。白兎海岸では天下の国道9号線に夥しい砂が風によって運ばれアスファルトが見えない状態に。鳥取の宿舎にヘロヘロ状態で到着。

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【2006年12月21日】

つれづれ日記 46

9_19下関2.jpg前にも書いたが下関からは韓国釜山へのフェリーが就航しているので両町の交流は盛んなようだ。道路標識にもハングル文字が書かれていて韓国に来てしまったような雰囲気。そんな下関を後に海沿い国道のR191を進む。豊北町に入って地名の標識に「特牛」とあった。これは「こっとい」と読む。地名はほんとに面白い、度々難解な地名に出会ったが「こっとい」が一番印象に残っている。長門を過ぎ萩で昼食、市内観光は過去に二度来ているのでパス、すぐに走り出す。交通量の少ない国道で島根県入り、益田で下関から内陸部を通ってきたR9と合流する。R9は京都ではよく通行しているので懐かしい。浜田で宿泊と思っていたのだが走りやすい道路なのでどんどん進み、大河江の川を渡り温泉津(ゆのつ)温泉まで来てエンジンを止めた。ホッとできる宿の小規模だが掛け流しの湯船に浸かり独り微笑んだ。画像は関釜フェリー乗り場、韓国の船が停泊していた。

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【2006年12月14日】

つれづれ日記 45

太宰府梅ケ枝餅.jpg福岡から一度訪れてみたかった大宰府天満宮へ。神社前有料駐車場の管理人さんがバイクの荷物を監視していてくださるとの事で安心して観光出来た。本殿までは長い参道で両側には土産物店と飲食店がギッシリ並ぶ。本殿前には大きな池があり三つの赤い橋が架かっている。手前から現在、過去、未来なんだそうだ?例により旅の安全を祈願、国宝が収蔵されている宝物殿も見学した。帰り道参道の茶店で大宰府名物「梅ヶ枝餅」を食す、抹茶とセットになっていた。一旦福岡に戻り海沿い国道R495で北九州、有料の若戸大橋を渡り戸畑を経てスタート地点のレトロな門司港駅に着く。これにて九州一周完!暫し満足感に浸ってから薄気味悪いあの関門トンネルで下関に。町をグルッと一周して早めに宿舎へ、この日の夕食は思い出せない。

先日、皆様方から頂いていたコメントがすべて消えているのに気づきました、原因不明です。コメント頂いた方々、ごめんなさい。

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【2006年12月07日】

つれづれ日記 44

9_18志賀島6.jpg唐津から一旦鎮西町まで戻り秀吉の朝鮮出兵の礎となった名護屋城跡を見学する。広大なその跡地は秀吉の強大な力を物語っている。唐津に戻りR202を東に、日本三大松原の一つ虹ノ松原を見ながらゆっくり流す。この日の予定は福岡まで。ゆっくりとした行程なので糸島半島を回ってみる、玄界灘に面した砂浜で休憩、浜に寝そべってみた。波は静かで回りには人影もない、ずっと海を見て旅を続けてきたのだがこの時ほど海が素晴しいと思ったことはない、そして旅が出来る幸福感が湧き上がってきた。すっかりリラックスしてまた愛車に跨る。しばらくして現れたのは夫婦岩、場所は志摩町、なんと二見ヶ浦というのだそうだ。ちゃんと伊勢と同様しめ縄で結ばれていた。今回の旅で三度目の夫婦岩、旅の安全を祈願した。R202に戻り福岡市内へ、足を伸ばして海の中道から志賀島に行ってみた。魏志倭人伝だったか例の金印が発見された所が公園になっている。蒙古首切塚も見学、タクシーの運転手さんに教えてもらった高台からは福岡の町が一望出来た。福岡泊、夕食は寿司。画像は海の中道。

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【2006年11月30日】

つれづれ日記 43

9_17平戸3.jpg昨日の宿は長崎の中心思案橋のセンスの良いシティホテル。夕食は当然街に出て長崎ちゃんぽんを食す、酒を控えめにしたので体調はグッド。天気も良いので気分がいい。R202で佐世保を目指す、ハウステンボスに寄ろうかとも思ったのだがツーリング日和なので長距離走行することに決めた。大村湾、佐世保湾、特にこの日は海が美しい。佐世保では旧海軍基地内にある墓地に参る。伊号潜水艦殉職者碑なるものもあった、昔も今も重要な基地の町だ。佐世保から海沿いの県道で小佐々町の日本本土最西端の神埼鼻へ、見学者は若いカップルと私だけ、立派なモニュメントがあるのだがちょっと寂しい。日本本土ではちょっと弱いか。田平から有料の平戸大橋で平戸島へ、高台に平戸城が見える。観光コースなので道路もよく整備されている、ここでもちゃんぽんの昼食。やさしいおばさんの店だった。伊万里を素通りしグッと北上、朝市が有名な呼子から宿泊地唐津へ。よく走った。画像は平戸島散策コース観光資料館前。

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【2006年11月23日】

つれづれ日記 42

9_16ゾロ目国道.jpg島原湾の向こうには雲仙普賢岳の姿が、少し前の噴火の際には対岸の熊本にも火山灰が降り注いだそうだ。先ずは有明海をグルッと周る、落ち着いた町柳川では「どんこ船」が観光客を乗せて健在ぶりをアピールしていた。R270沿いの道の駅鹿島は泥んこ競技ガタリンピックの会場だ、訪れたときは引き潮で泥濘状態、楽しい催しだろう。諫早からR57、R251で島原半島を時計回りに走る、残念ながら長崎市内のホテルを予約してしまったので島原温泉は素通り。南串山町の公園で休憩中子供3人がやって来たので話しをした。小学校1年の男の子は将来お父さんと同じ漁師になるとか、4年生二人も同じだった。大きな魚が釣れたとき漁協にキャッシュで買い取ってもらったのが大きなインパクトとなって、忘れられないらしい。ちゃんと自分たちの町の日本一美味しいジャガイモのPRもしていた。記念写真を撮った、ピンボケのため掲載せず。

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【2006年11月16日】

つれづれ日記 41

9_15牛深2.jpgこの日の予定は天草一周。宇土でR3からR57通称天草街道で天草五橋最初の天文橋を渡る、ここ三角から国道はR266となる。天草五橋の残る四橋を一挙に渡り上島へ、そこから東海岸を快走しループ橋が両側にある瀬戸大橋を渡り下島の玄関口本渡へ。ここからは東海岸の県道で牛深へ。ここは元同僚の故郷だ、彼の話だと橋のない時代は正に僻地、橋が出来て生活が一変したそうだ。ここで土地の人に道を教えていただいた、最初に発せられた言葉は「ばってん・・・」。よそ者の私にとっては感動ものだった、これぞ旅の醍醐味だ。画像は牛深名物ハイヤ大橋。天草半島は奥が深い、大江天主堂を観て帰り道の西海岸サンセットラインは途中ガケ崩れのため通行止、迂回したが道をを間違え一日掛かりの周遊となる。ヘトヘトの状態で宿泊地熊本に着いた。

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【2006年11月09日】

つれづれ日記 40

9_14日奈久温泉v.jpg指宿をスタート、先ずは薩摩半島の突端長崎鼻へ。開聞岳が美しい、戦地に赴く特別攻撃隊の兵士はどんな思いでこの山を見、飛び立って行ったのだろうか。R226で枕崎、野間半島を回り北上、R270市来町でR3に合流し川内(せんだい)市に到着。ここで寿司の昼食。大河川内川を渡り阿久根、出水、水俣を経て宿泊地の日奈久温泉へ到着。失意の種田山頭火がここを訪れた際、日記に「温泉はよい、ほんたうによい・・・」と記した温泉。この旅館は一昔前は一番の格式を誇っていたそうだ。名前のとおり優しい湯に落ち着ける客室だった。

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【2006年11月02日】

つれづれ日記 39

9_13知覧1.jpg長く海上生活を強いられたため陸に上がっても暫くの間フワフワ感が収まらなかった。宿泊場所を指宿に決め鹿児島をスタート、内陸部の知覧に寄る。町に入るとすぐに「十割そば」の幟が。すぐさまバイクを停め入店、ザル大盛を注文。ダシの色が薄い、気にせずズズッとやる、ううっ、なんだこれは。鯖節で取った出汁であった。大盛を頼んだ事を後悔する。ご主人が私の様子に「関西の方ですか?それじゃあちょっと食べ難いでしょ、醤油を入れて下さい。」と気遣ってくれた。なかなかインパクトの強い出汁であった。これ以来初めて行く蕎麦屋では大盛は頼まない。知覧の特攻平和ミュージーアム?では係の方の説明を聴き涙した、フェリーの中で高倉健主演の映画にもなった「蛍」を読んだせいでもあるのだが。台湾人らしき団体が来ていた、修学旅行には是非ここを訪れて欲しいものだ。画像は特攻前の兵士が過ごした復元された三角兵舎。

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【2006年10月26日】

つれづれ日記 38

9_11船室.jpgさて、沖縄。マリックスラインのフェリーが就航している。鹿児島新港発午後6時、奄美大島・徳之島・沖永良部島・与論島・沖縄(本部港)と巡り那覇港に翌日午後6時40分に到着、ほぼ24時間の船旅だ。長時間の乗船なので個室を予約、定刻に出航。但し条件付。というのは沖縄地方に台風が居座っているためだ。売店で黒糖焼酎と弁当を買い込み船室に入る。与論に入港するころだったろうか、TVのスイッチを入れると高層ビルが炎上している画像が、これが9.11同時多発テロの画だった。友人から沖縄は危ない、引き返した方がいいとのメールが入る。株価も9千円を割り込むだろうとの事。でもどうすることも出来ないのでとにかく沖縄の土を踏もうと決める。しかしこれも出来なかった、忌々しい台風16号は沖縄に居座り続け、結局与論島で台風通過待ちで長時間停泊後、「沖縄へは高波のため着岸できません、よって当船は鹿児島へ引き返します」の船内アナウンスで63時間の船旅は終結した。下船して運賃の払い戻しを受ける際、「ゆっくり休ませてもらい申し訳ないです」と冗談を言ったら「飲食代沢山使ってもらってますよ」と言われた。なるほど黒糖焼酎は3本消費したし弁当も何回食べたのだろう。まあ休養出来たのは間違いない。遠い南の国沖縄は次回の楽しみだ。気を取り直して九州後半へ。画像はクィーンコーラル号船室。

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【2006年10月19日】

つれづれ日記 37

9_9桜島2.jpg志布志を出発、今日のハイライト日本本土最南端佐多岬へ。最北端とか最南端の付く場所は日本一周等の旅では外せないポイントだ。それだけに駐車場の車両のナンバープレートは様々な所のものがあって楽しい。最北端「宗谷岬まで2,700キロ」の案内板が道路に表示されていた、一ヶ月前K氏と巡った北海道が懐かしく思い出される。岬から佐多岬ロードパークウェイを大泊まで戻り県道でR269、根占、垂水を経て桜島を時計回りに一周する。画像は大正3年の大噴火の恐ろしさを伝える埋没鳥居、この時桜島は大隅半島と陸続きになったそうだ。鹿児島のディーラーでタイヤ交換。雨の北九州和布刈公園の急勾配のコーナーを8耐のマイケル・ドゥーハンのようなスライド走行ができたのは磨り減ったタイヤの所為だった。交換後はバイクの挙動がガラッと変わった。鹿児島一の繁華街天文館で上品に蕎麦と酒の夕食。いよいよ沖縄だ。

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【2006年10月12日】

つれづれ日記 36

9_8都井岬4.jpg延岡は旭化成の町。陸上のスター選手もすっかり地元と溶け合っているらしい。かつてのベラミのような店があるのには驚いた、しかし低料金。例によって幸せなひと時を過ごす。この日の行程は宮崎から鵜戸神宮参拝後、野生馬がいる都井岬から志布志まで。都井岬は生憎の天気でほとんど素通り、絶景岬や灯台の見物はまた次回の楽しみに取っておいた。長距離フェリーの着く志布志では居酒屋のカウンターでまた盛り上がる。殆どのお客は焼酎だ、それも一升瓶を前に置いて。フォーマルな場所では最初は日本酒だが後は焼酎、焼酎らしい。やっぱり九州鹿児島だ。ここでも見知らぬ人達とお唄のお稽古。

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【2006年10月05日】

つれづれ日記 35

9_7佐賀関3.jpg門司から県道を少し走りR10で中津、海沿いのR213で宇佐神宮へ。全国八幡宮の総本山。京都岩清水、鎌倉鶴岡、みなここから分霊したもの。なるほど鮮やかな朱の社殿は風格がある。参拝の作法は二礼四泊一礼だとか。参拝をして国東半島を一周、別府で再びR10に合流する。別大マラソンのテレビ中継でおなじみのよく整備された海沿い国道で大分、R197で佐賀関へ。突端の神崎からは四国の佐田岬が一つ島を経て眺望できる、数日前そこにいたのが随分前のように思える。ブランドの関サバ、関アジだが僅かしか離れていない愛媛県八幡浜あたりで水揚げされるものとは異質のものなのだろうか。臼杵、佐伯を経て宿泊地の宮崎県延岡へ到着。

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つれづれ日記 35

9_7佐賀関3.jpg門司から県道を少し走りR10で中津、海沿いのR213で宇佐神宮へ。全国八幡宮の総本山。京都岩清水、鎌倉鶴岡、みなここから分霊したもの。なるほど鮮やかな朱の社殿は風格がある。参拝の作法は二礼四泊一礼だとか。参拝をして国東半島を一周、別府で再びR10に合流する。別大マラソンのテレビ中継でおなじみのよく整備された海沿い国道で大分、R197で佐賀関へ。突端の神崎からは四国の佐田岬が一つ島を経て眺望できる、数日前そこにいたのが随分前のように思える。ブランドの関サバ、関アジだが僅かしか離れていない愛媛県八幡浜あたりで水揚げされるものとは異質のものなのだろうか。臼杵、佐伯を経て宿泊地の宮崎県延岡へ到着。

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【2006年09月28日】

つれづれ日記 34

9_19門司4.jpg基地の町岩国をスタート、海沿いのR188を選択、先ずは大畠から大島大橋で民俗学者宮本常一生誕の地、周防大島へ。島を一周したかったのだが天気も良くなかったので橋を渡ったところでUターン、柳井、徳山、防府と進んで行く。小郡からR190で宇部、小野田を過ぎれば下関。道路標識にもハングルが。関釜フェリーの港があり釜山行きの船が停泊していた。門司へはトンネルを利用、低料金なのだが所々で水滴が落ちているのと海の下という意識もあり不気味な関門トンネルだった。雨の九州に到着、レトロな門司港駅で休憩、そのまま近くのホテルに直行、一日中雨天走行だった。画像は名高い神事が行われる和布刈(めかり)神社。関門橋の下にあるこの場所から見る早鞆ノ瀬戸はまるで川のように激しい潮の流れだった。対岸は下関。

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【2006年09月21日】

つれづれ日記 33

9_6岩国基地.jpgK君の奥さんの朝御飯をいただき姫路を出発。海沿いのR250を快走、赤穂、日生と来て備前から岡山ブルーラインを利用。日本のエーゲ海、牛窓には立ち寄らなかったがここも快走路。岡山からは鷲羽山方面を通り再びR2で瀬戸内をひたすら西へ向かう。福山、尾道、呉から広島へ。ここに住んでいる友人を驚かせてやろうと事前に連絡しておかなかったのが失敗、不在だった。広島泊を変更、もう少し走り岩国へ。画像は9.11前の岩国基地であるがこの頃は警備の兵士の表情もまだ穏やかだったろう。

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【2006年09月14日】

つれづれ日記 32

9_4近藤家1.jpg新居浜のホテルをスタート、スピードメーターに目をやると作動していない。オド、トリップも同様だ。パンクに続き二度目のトラブル。たどり着いた高松のディーラーは部品の手持ちがなく神戸ならあるとの事。神戸淡路鳴門自動車道で鳴門海峡、明石海峡を渡り神戸へ、スピードが読めず車の流れに乗って走行したがちょっと不安だった。無事修理が済み今日の宿泊地姫路へ。R2はバイパス化されていて走りやすい、早い時間に到着。ここは学生時代からの友人K君夫妻が住む町。中華料理をご馳走になりカラオケ大会も開いてくれた。持つべきは友。画像右側のみーちゃんはこのときたしか高校生、5年後の今年お嫁に行くらしい。お幸せに。

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【2006年09月07日】

つれづれ日記 31

9_3佐田岬5.jpg宇和島の夜、寿司店でカウンターの隣に座られた方は学生時代を京都で過ごしたとの事。今は宇和島在住ではあるが懐かしかったようである、すっかり意気投合し隣のクラブ!に場所を移動。女性従業員が華やかに迎えてくれた、この方はここの常連客だった、それも特別の。まあいろいろ、飲んで騒いで楽しい時間を持たせてもらった。こんな接待を受けたからだけではないのだが、親切にしてもらった町には特別の親しみを覚える。さて、行程だが宇和島からR378(伊勢のR260とソックリ、入り江をきっちりトレースしいている)とR197で四国の最西端佐田岬へ。画像の手前の島の向こうは大分県佐賀ノ関、何日か後に行くことになる。松山、今治は通り過ぎ新居浜で四国最後の夜を過ごす。

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つれづれ日記 31

9_3佐田岬5.jpg宇和島の夜、寿司店でカウンターの隣に座られた方は学生時代を京都で過ごしたとの事。今は宇和島在住ではあるが懐かしかったようである、すっかり意気投合し隣のクラブ!に場所を移動。女性従業員が華やかに迎えてくれた、この方はここの常連客だった、それも特別の。まあいろいろ、飲んで騒いで楽しい時間を持たせてもらった。こんな接待を受けたからだけではないのだが、親切にしてもらった町には特別の親しみを覚える。さて、行程だが宇和島からR378(伊勢のR260とソックリ、入り江をきっちりトレースしいている)とR197で四国の最西端佐田岬へ。画像の手前の島の向こうは大分県佐賀ノ関、何日か後に行くことになる。松山、今治は通り過ぎ新居浜で四国最後の夜を過ごす。

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【2006年08月31日】

つれづれ日記 30

9_2四万十川1 (2).jpg少しだけ四万十川を溯る、前日からの雨で増水していて沈下橋での撮影は気合が必要だった。撮影後一旦河口まで戻りR321で足摺岬へ。岬の休憩所には遍路中の青年がいた、シャツからの露出部分は見事な赤銅色。炎天下を88番札所、香川県大窪寺まで周るという。目的は「ちょっと両親に迷惑かけちゃったもんで・・・」らしい。清々しい青年だった。宿毛を通り宿泊地、宇和島へ。駅前のホテルにチェックイン、夕食は勿論ホテルの外で。行き当たりばったりで一軒の寿司店へ。意外な展開が・・・

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【2006年08月17日】

つれづれ日記 29

9_2四万十川1 (1).jpg徳島からR55で室戸岬を目指す。海沿いの快適快速国道であるがやはり油断は禁物、取締りが行われていた。制限速度で走行していたのでそのままパス、危ない危ない。海岸線ではお遍路さんの姿が目立つ。室戸では岬に建つ中岡慎太郎像を撮影し高知に向かう。この日は休憩はほとんどしなくて「走り」に徹した。一人旅のよさでどうにでも予定は変更出来る。結局高知はパスし四国の小京都と云われている中村市まで行ってしまう。画像はローカル国道の雄R439通称よさく国道。中村市泊。

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【2006年08月10日】

つれづれ日記 28

8_31明石フェリー.jpg大阪からR43で兵庫県、明石から淡路島へ。ここではフェリーを利用、14時25分発岩屋行きたこフェリーあさなぎ丸だ。ミニな船旅を味わい岩屋に上陸。淡路島の西海岸サンセットライン沿いにある五色町の高田屋嘉兵衛埋葬地を見学し大鳴門橋を渡りいよいよ四国へ。徳島から四国を右回りで巡る。バイク荷台に括りつけた大型バッグはディラーもので西日本編より使った。何でも放り込めてサッと持ち運べ便利、ただ防水加工してないので雨天時はごみ専用ビニール袋の世話になる。徳島市泊。

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【2006年08月03日】

つれづれ日記 27

8_29潮岬7.jpg那智勝浦を出発R42を南下、海岸の奇岩群「橋杭岩」を見ながら本州最南端の潮岬へ。既にクリアしているのが日本最北端宗谷岬と最東端納沙布岬、しかしながら最西と最南は離島のため今回訪れるのは困難、本土の最西、最南で我慢する。この後少し山側に入った古座川の一枚岩に行く。別名日本のエアーズロック、高さ100m幅500m国指定の天然記念物だそうだ。もと来た道を国道まで戻る、海沿いの国道を走るという日本一周の条件へのコダワリである。田辺、有田、和歌山を通り大阪からR1で自宅へ。

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【2006年07月27日】

つれづれ日記 26

8_29那智の滝2.jpg早朝から起き出し周囲を散歩、朝食後は内宮参拝。いつ来てもここは清々しい。名物赤福餅を食しいざ出発。先ずは大王崎へ、昔から海の難所として知られており遠州灘と熊野灘にここで分れているのだとか。崎山公園まで徒歩で、富士山も見えるときがあるらしい、この日は伊良湖岬がうっすらと見えた。R260は時間があれば素晴しい国道だろう、深く入り組んだ入り江のそのまた入り江に沿ってクネクネ続いている。紀伊長島でR42に合流したときはホッとした。熊野の鬼ヶ城を見物、この日は花火大会があるのか海岸には大勢の人。七里御浜、新宮を通り宿泊地那智勝浦へ。画像は旅館自室窓より撮影。海を隔てた山中に小さく那智の滝が。

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【2006年07月20日】

つれづれ日記 25

8_28夫婦岩.jpg西日本編、スタートは名古屋から。伊勢湾岸をR23で四日市、鈴鹿、津、松阪と進む。伊勢に入り先ずは外宮を参拝、日本人の心の故郷か。内宮に比べ参拝している人は少ない、どちらかといえば公園的だ。二見浦、全国に夫婦岩は数あるだろうがもっともポピュラーなのがここ、この旅行中実際に見学した夫婦岩は豊前と玄界灘にあったそれ。まだまだ探せばあるのかも知れない。宿は小学校の修学旅行で利用した旅館に申し込んだのだが一人での受付はしてもらえなかった。その近くの木造旅館にチェックイン、昭和39年に思いを遡らせる。修学旅行で定番の「枕投げ」、私もやりました。

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【2006年07月13日】

つれづれ日記 24

8_12黒埼IC.jpgこのホテルは12時まで滞在できたので朝はゆっくりスタートする。新潟中央だったか西だったか、から北陸自動車道に入ってすぐの黒埼PAで食事。画像ではよく見えないが愛車は泥んこの状態、だが頼もしく見える。この旅行中一度も洗車しなかった(一度だけ北海道の浦河でK氏がミラーを拭いて下さったか)、襟裳で海水がかかったから念入りに洗わなくては。もっと続けて走りたいのだが24日間も家を空けていたので処理しなくてはならない雑事が溜まっている、東日本は一旦仙台で止めて帰宅した。出発したのが7月20日、もう8月も11日になっていた。

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つれづれ日記 24

8_12黒埼IC.jpgこのホテルは12時まで滞在できたので朝はゆっくりスタートする。新潟中央だったか西だったか、から北陸自動車道に入ってすぐの黒埼PAで食事。画像ではよく見えないが愛車は泥んこの状態、だが頼もしく見える。この旅行中一度も洗車しなかった(一度だけ北海道の浦河でK氏がミラーを拭いて下さったか)、襟裳で海水がかかったから念入りに洗わなくては。もっと続けて走りたいのだが24日間も家を空けていたので処理しなくてはならない雑事が溜まっている、東日本は一旦仙台で止めて帰宅した。出発したのが7月20日、もう8月も11日になっていた。

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【2006年07月06日】

つれづれ日記 23

ホクレンフラッグC.jpg青函フェリーで青森へ。函館山が遠ざかる、さらば北海道!青森ICから東北自動車道へ。実は京都まで無謀にも「一気走り」するつもりでいた。東北道に入ってすぐ『東京まで777キロ』(770だったかも)の標識、思わずオオーと唸ってしまった。京都まで東京経由でざっと1300キロ、やっぱり遠い。仙台のPAでオネム休憩中に新潟の「9月の風」のオーナーからメール、それを見たら新潟に行きたくなり「一気走り」を諦め郡山JCTから磐越道へ進路変更。安全面はでいい選択だった。午後10時新潟到着、またまた「ブリリアントなひと時」を過ごす。イタリヤ軒泊。

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【2006年06月29日】

つれづれ日記 22

8_10洞爺湖温泉被害.jpg 小樽を早朝に出発、苫小牧へ。北海道の大部分はK氏とともに走ったのでソロ走りに違和感を覚える。苫小牧からはR36で室蘭、噴火湾沿いに伊達、虻田から洞爺湖に寄る。有珠山の噴火でこのときは大変だったようだ。画像は溶岩が迫ってきたGS。R5、R278で右側に駒ケ岳を見ながら亀田半島をぐるっと回る、なかなかGSが見つからずちょっと焦ったが22.6Lの給油を受けることが出来た、タンクの容量は確か25Lじゃなかったか。無事函館に到着、そのまま湯の川温泉泊。

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【2006年06月22日】

つれづれ日記 21

8_10地球岬.jpgいよいよ本日夜の小樽発の新日本海フェリーでK氏は帰京。一緒に帰ろうと誘って下さったが、私はまだ苫小牧から道南の太平洋沿いを函館まで走るため今晩からは別行動となる。ロビンソン百貨店などで北の大地のみやげ物を物色、今日はK氏を送りがてら小樽に泊まる。小樽では高級寿司屋で今回の反省会兼お別れ会。アッという間の8日間、小樽以降の宿と行程はすべてK氏が手配してくださり私とすれば楽ちんの今回の北海道の旅であった。感謝感謝。午後11時半、出航。船は出て行く煙は残る、であるが出航前にホテルに帰り部屋から船上のK氏としばし無線交信した。「お元気でー、また会いましょーう」。画像は翌日の室蘭地球岬、地球がまあるく見えまーすと書いてあった。

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【2006年06月15日】

つれづれ日記 20

8_8浦河優駿ビレッジ.jpgこの日の予定は浦河から苫小牧経由札幌泊。昼食は札幌郊外の蕎麦屋、家族でやっておられるようだ。勘定を終え表に出るとバイクのシートに置いていたグローブの片方が見当たらない。店内に戻ってみたがやはり無い。またガレージに戻ると蕎麦屋さんの一家全員が出てきてくれK氏も加わり手袋一つの大捜索が始まる。皆、真剣に探してくれている、本当にいい人達だ。「ありました」K氏の声、店から20メートルほどの路上で発見。またまた無法カラスの仕業だった。それにしても蕎麦屋はいい人が多い。早い時間にロイネットホテル札幌にチェックイン、久々の都会を堪能する。画像はうらかわ優駿ビレッジ。

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【2006年06月08日】

つれづれ日記 19

8_7襟裳岬突端.jpg釧路湿原、広尾町豊似の中川一郎記念館などに立ち寄り襟裳に向かう。R336の黄金道路(建設に黄金を敷き詰めるほど資金がかかった)は恐怖の強風で身体ガチガチ。道路も強風のため部分的に冠水しており波の来るタイミングを計っての走行を余儀なくされる。やっとたどり着いた襟裳岬。そこにある「風の舘」は風速25米を体験出来るというが風はもうたくさん、パス。不思議な事に岬を過ぎ少し走るとさっきまでの恐怖の強風はウソのように姿を変えそよ風に。そんな気候の穏やかなところに競走馬の町浦河がある。浦河優駿ビレッジAERU泊、画像は襟裳岬突端。

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【2006年06月01日】

つれづれ日記 18

8_6別海 返せ!.jpgやっぱりというか予想通り知床峠はガスがかかり国後や羅臼岳を見ることは叶わず。羅臼から南下、別海町の北方領土資料館に寄る。根室の納沙布岬でも思ったのだが何故そこが日本じゃないのか?何か変だ。日本人なら知覧とここは是非訪れるべき。返すものは返しスキッとすればいいのに、返せ~ 釧路泊

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【2006年05月25日】

つれづれ日記 17

8_5ウトロ1.jpg思い出多き紋別を後に次の宿泊地ウトロを目指す。サロマ湖、網走刑務所跡を見物、昼食は網走の寿司店。我々が注文のとき以外口をきいていなかったので店主がケンカでもしているのかと気遣って声を掛けてくれた。実は走行中ずっと無線で交信していたので[喋り疲れ]だったのだ。心遣いに感謝。素晴しい風景の小清水原生花園を過ぎればいよいよ斜里町、オシンコシン滝で記念撮影し知床グランドホテル北こぶし館にチェックイン。画像は知床峠への道、翌日走行する。

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【2006年05月18日】

つれづれ日記 16

8_4宗谷岬1.jpg日本最北端の宗谷岬、残念ながらサハリンは見えず。最北端GSで給油したという証明書をくれる安田石油店で記念に給油。海が日本海からオホーツクに変わる、気のせいか風も変化したようだ。R238沿いの海岸の所々でホタテの貝殻が山積みされていた。宗谷国道を宿泊地紋別に向け快走する。夕食は紋別の繁華街?にある浜美枝さん御用達の居酒屋。キンキ等新鮮な海の幸を堪能する。店内の客同士で盛り上がり店主も一緒に近くのスナックへ。ちゃんと仕切る人がいて料金を交渉してくれ格安で楽しめた。K氏の歌を初めて聞いた、それくらい楽しかった。

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【2006年05月11日】

つれづれ日記 15

8_3sarobetu.jpgR231,232で本日の宿泊地稚内を目指す。天塩からは道道106を利用、左は日本海、右はサロベツ原野の一本道だ。この道は高速道路?と錯覚するほどのハイペース、郷に入りては郷に従え、我々も流れに乗る。左側には雲をまとった利尻島が見えてくる、何度かの北海道旅行中にこの島がくっきり見えた事は一度もない、まあこの季節は富士山でもそうらしい。稚内ではピッカピッカに磨かれた廊下と清潔な部屋の宿で道内のツーリストの人達と楽しいひと時を過ごす。

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【2006年05月04日】

つれづれ日記 14

8_2余市.jpg絶景の神威岬に寄った。見物を終え駐車場に戻るとリアに括り付けていたビニール袋に無数の穴が!無法カラスの仕業だった。これがカラスによる受難の第一弾。積丹岬にも立ち寄り余市のニッカウヰスキーへ。土産に買ったえらい高価な原酒のボトルは今でも当家にありチビチビ飲っている。午後8時半のフェリーで小樽に着いたK氏と2週間振りで再会、祝杯を上げた。1週間ほどは独りじゃない、心強い。小樽泊。

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【2006年04月27日】

つれづれ日記 13

8_1ホテル雷電.jpg日本海沿いのR229でK氏のフェリーが着く小樽を目指す。景色は本州と変わりない。さて、K氏だが知り合ってすぐバイクの乗り方について「私は黄色いラインを跨がないことにしています」と言われた。当たり前のようだが重い言葉であり、それ以来私も実践している。この旅行を無事故で終えられたのもこれを掟としたからであろうと思う。この日の宿は岩内町のイカツイ名の雷電温泉。予約しなかったからなのか海に向かって建つホテルの山側部屋だった。

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【2006年04月20日】

つれづれ日記 12

7_27仏が浦2.jpg北海道初日は雨、予報によると回復の見込みはない。万全の雨天時の装備とRTのプロテクションのおかげで雨中走行も快適なのだが、やはりツーリングは好天がいい。100キロも走らぬうちに松前に到着、温泉旅館を見つけたら走る気が萎えてしまった。そこは一人旅の気安さ、早速チェックイン、温泉三昧と決め込んだ。松前泊。当日の画像がないため下北半島仏ヶ浦のアイスクリーム売りの老人を掲載、挨拶程度の言葉なのだが外国語みたいでよく聴き取れなかった。

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【2006年04月13日】

つれづれ日記 11

下北半島.jpg青函フェリーで北海道函館へ。途中下北半島の海岸線が見える、ここを走ったのが随分前のような気がして来る、暫し本州とはお別れだ。夜はホテル近くの居酒屋で北海道の海の幸を食す、安い!ここに限らず旅行中、夕食は殆ど宿泊施設近くの飲食店に行った。その土地の食材があり方言が飛び交う、そしてその中にどっぷり浸かる、これが旅の醍醐味だろう。バイクの一人旅、他人と話すことは殆どないので見知らぬ人との会話の楽しいこと! 函館泊。


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【2006年04月06日】

つれづれ日記 10

7_27尻屋崎4.jpg青函フェリーに乗るため再び青森へ。仙台宮城 I Cから東北自動車道に入る、大鰐弘前 I Cまで300キロちょっと、楽な行程だ。アッと言う間に弘前到着。弘前の宿探しは前回に懲りて早めにした、今度は間違いなくちゃんとしたホテル。夕食は勿論今は無き居酒屋「うぇすとこおすと」、楽しい時を過ごす。画像は下北半島尻屋崎。

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【2006年03月30日】

つれづれ日記 9

7_29松島3.jpg八戸からR45、R398を利用し仙台へ。北山崎などの見物のため寄り道をしたので一般道を約500キロ走行することとなる。過去に京都・いわき間を高速で移動した際は750キロであったが北海道以外の一般道で500キロとは凄い。不思議と疲労はあまり感じなかった。さすがRT! 知り合ってもう十数年来となるK氏が北海道を一緒に周ってくださるので東日本は一旦仙台でストップ、翌日は高速を利用し青函連絡船に乗るため青森に戻る。松島泊。画像は旅館の窓からの展望。


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【2006年03月23日】

つれづれ日記 8

7_27仏が浦1.jpgいよいよ下北半島、時計回りに大間を目ざす。恐山は霊を連れて帰りそうなのでパス、代わりに極楽浄土を思わせる仏ヶ浦に立ち寄る。弘前の居酒屋のご主人によると、この近辺での水死体はここに流れ着くとの事、なるほどちょっと不気味な雰囲気だ。この日は大間崎、尻屋崎を回り太平洋沿いに南下、八戸泊。

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【2006年03月09日】

つれづれ日記 6

7_26弘前2.jpgR101鯵ヶ沢から県道3号へ。岩木山が高貴な姿を現す、りんご畑の中の快適な道を走り弘前着。宿をいつものように携帯で探すがなかなか空きが見つからない、どうも何かの学会が開催されているらしい。駅前でイエローページを片っ端からあたりようやく一軒のビジネスホテルをGET。しかし・・・到着したところはどう見てもラブホ、ビジネスって書いてあったのにー。とんだハプニング。夕食は一旦閉鎖的な建物から脱出して近くの居酒屋へ、ここでは楽しい思い出をもらった。昨年の夏、東北ツーリングの際立ち寄ったが残念なことに焼失したとの事。

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【2006年03月02日】

つれづれ日記 5

7_25kannpuusann2.jpg前夜の大合唱大会の疲れでボーとして走ってる間に村上も酒田も通過、もったいない。秋田に入る頃からやっと涼しくなってくる、海抜355Mの寒風山は寒いくらい。北緯40度線の通る入道崎にも足を伸ばす。宿泊地の秋田市では名物きりたんぽを食すがやはり冬のものだろう。


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【2006年02月23日】

つれづれ日記 4

niigata4.jpg新潟に入りオイル交換。その際マイスター氏より後輪がパンクしている旨告げられる。ここで見つかって良かった。自慢じゃないが私は倒れたバイクを独りで起こせない。何時ぞや渋滞中の伊吹山ドライブウェーで衆人の前で倒したときの「火事場のクソ力」を以ってしても起こすことは出来なかった。よって修理工場まで愛車を押していくなんて考えただけでも恐ろしい。流石マイスターだ、全然気づかなかった、確かにパンクしていた。夕食後ひょんなことから古町のショットバー「9月の風」http://ip.tosp.co.jp/i.asp?I=iizuka33&P=0 を訪れる。京都からの旅行者を温かく迎えてくれた。後にここのマスターと仙台までのツーリングを楽しむ事となる。画像はスタッフと私、男性3名女性1名。新潟市泊。

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【2006年02月16日】

つれづれ日記 3

7.23itiriduka1.jpg
 富山県朝日町境の一里塚。境は越中-越後の境の意味で加賀藩領内第一号の一里塚とのこと。昔は必ず榎を植えていたらしい。暑さを逃れ暫し休憩した。富山市泊。

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【2006年02月09日】

つれづれ日記 2

tanada.jpg いよいよ能登半島。海岸線を快走していると旅に出た喜びが湧き上がってくる。羽咋では急発進した原付バイクが目の前で何故か派手に転倒、「大丈夫か?」と声をかけたら「ハイ」と元気な返事、よかったよかった、どうも高校生らしい。安全運転の励行を自分自身に言い聞かせる、先は長い。画像は千枚田と呼ばれている棚田。輪島泊。

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【2006年02月02日】

つれづれ日記

7_21山中温泉.jpg

会社を辞めた。在職中思い巡らせていたバイクによる「日本一周」を敢行した、平成13年の事である。計画は海に最も近い国道を時計回り(沖縄へも)で。7月20日スタート、強烈に暑い日だった。福井県大飯から海に出る。初日は豪華に山中温泉泊。女将が部屋に来て山中節を披露してくれた。

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